心のまま大らかに

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zoom RSS 唐突にシュリ・チンモイ師に思いを馳せる

<<   作成日時 : 2015/06/23 19:04   >>

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最近は過去が今に引き上げられるような現象がよく起きて、おもしろい感覚に包まれる。
それは確かに、過去に引き戻されるというのではなく、引き上げられるという表現がふさわしいように思う。


もう30数年前にもなるだろうか、私が生まれて初めて立つことも歩くこともできなくなり、自宅療養を余儀なくされた時、言葉に表せないほどのショック・動揺を独り静かに味わった。
この表現もどうかと思うのだが、前日までは何とか休み休みでも歩けていたのが、翌朝になって立ち上がった時に右ひざが伸びなくなって床に足がつかない事態になっていたのだ。ショックと言っても意外に冷静で、どう対処するか考えていたので、嘆き悲しむというような苦悩はなかった。その時は這うようにしてトイレに行ったが、夫が帰って来たらどう話せばよいのか?自分のことより夫が受ける衝撃のほうがはるかに気になった。

それからというもの、私は毎日お尻でイッチニイッチニと移動し、キッチンの椅子に這い上がり炊事をしたり、立つ訓練をしたり、とにかく回復を目指す毎日だったが、その内、家事のほとんどすべてを夫に頼り、朝はベッドで夫を見送り帰りを待つ日々で、2年間一歩も外へ出られなかった。

それでも不思議なことに、当時修行していたA宗の仲間たちが見舞いに来たりして支えてくれていた。
その中で、どなたかの紹介で、確かMさんという修行者、この方は夏季伝法会で梵字の授業の時に助手をされていてお世話になったが、それ以上のご縁はなかった人だった。

とても物静かで、謙虚で誠実な方で、いろいろお話をいただいたり、梵字の色紙絵を描いて生活の糧としているというので、私も私に縁の深い仏様を見てもらって描いていただいた。額装されたそれは、観自在菩薩と虚空蔵菩薩の二つであったが是非にと言うので愛染明王の額が加わった。
どれもそれぞれに趣があり、私を現わしているとすれば、その意味が深いところで分からずとも、療養中の私には大変勇気を与えてくれる有難いものであった。(宗教的なものはほとんど処分しているのに、何故かこの額は今もほとんど使われていない部屋に、飾られている。忘れているわけではなく、その部屋に入ると何故か見上げてしまうが、今日、その意味が少し解け始めてきた)

で、やっとここからが本題。(^_^;)

その当時、Mさんはシュリ・チンモイ師にもご縁があったようで、24時間瞑想の話をしてくださった。
スリ・チンモイ師は、ニューヨークの国連本部でも瞑想の指導をしていたり、カール・ルイスもアスリートとして指導を受けているという。そして、即興でその人向けの曲を作って指導をしているのだと話してくれた。
彼はニューヨークにも行って指導を受けていたようで、私にも私用の曲が入ったカセットテープと詩が書かれたプリントをプレゼントしてくれた。
それを聴いてどんなイメージが湧いてくるか?
まさに観自在。私はどこまでも続く緑の草原を宙を泳ぐようにして、光の世界で癒されていった。
(昨晩、気になって検索してみたら、すでにお亡くなりになられていることが分かったが、清々しいお写真からエネルギーを感じさせていただいた)

それでも、24時間瞑想とはどんなものなのか理解できていなかった。
というのも、当時瞑想と言えば、結跏趺坐とか半跏趺坐で両手を膝に置いて印を結び、背筋を伸ばして顎を引き・・・と作法があった。今もそれは健在で主流だろうが、先ずは形から入るのは当然であるから、24時間どうしてできるのか?
ランニングしながらも瞑想すると聞かされても、カール・ルイスがどんなに足が早く世界記録を出しても、その姿から24時間瞑想のイメージは、私の想像力では追いつかなかった。

そういう時は、「ふーん、そういうこともあるんだ」という受け止め方で、分かった振りはしないで否定も肯定もしない。当時のレベルからして理解不能。ただそれだけで理解できる時を待つ。その時が来ようが来まいがお構いなしで記憶の引き出しにしまう。

何にしても或る程度の知識は必要だが、知識に偏りすぎれば、知っただけで成ったつもりに陥りやすい。
知ると成るとでは大違いで、知識を智恵に変換しなければ、頭でっかちになるだけで知識を活かすことができない。頭が息づまる。ある方が「頭の便秘」などと表現していて「なるほど」と納得。

私は、あまり専門知識を詰め込んで悟りを開こうというタイプではなくて、専門的な言葉でいろいろ言われても何が何だかちんぷんかんぷんで、頭の中には???と?マークばかりになってしまう。(>_<)

けれど、体験上で「あっ、そうかー」のスイッチが入ると「うん、うん、なーるほど」と思わずにっこりで、こんがらかった糸がするする解けていくのね。そうすると難しい言葉を使わなくても普段使っている言葉で普通に話せるようになるわけ。
そうすると、「○○さん、○✕△さんの本読まれたのですか?同じことが本に書かれていますよ」と教えてくれる。それで、私は答え合わせというか、確認ができてしまうのでとても安上がりで感謝感謝。*^-^*

こんなことを何十年もやってきているので、「24時間瞑想」という言葉が不意に飛び出してきて、やっとその意味が解ったわけね。*^-^*

そう。いつも機会があるたびに、このブログでも記しているように「ゼロ思考」。すべては鏡だから観るだけ。
観て、棄てて、自身の掃除を黙々と、こつこつと、焦らずに繰り返す。鏡は磨けば磨くほどよく見える鏡となる。
それを楽しんで習慣化すれば、どんどんシンプルになっていく。*^-^*

観て、感じて、すべて受け容れ、身軽、気軽になっていく道。

そういえば、赤ちゃんも言葉が話せないときは、ただただあの円らな瞳で観ているのね。*^-^*


〜〜〜つづく〜〜〜


ゼロ思考( 02/19/2006 05:42:00 PM)
http://hikarinooka.at.webry.info/201201/article_430.html

「ゼロ思考」は観(見)るだけ。そして観(感)じよう! ( 02/22/2006 01:57:00 AM)
http://hikarinooka.at.webry.info/201201/article_428.html


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「唐突にシュリ・チンモイ師に思いを馳せる」について つづきです。 「24時間瞑想」と私とどうつながるのか? 勿論、当時もすでに自宅療養の身で一歩も外へ出られない状態だったので、指導を受けるような機会はなかったし、理解できていなかったので受けたいとも思っていなかった。 ...続きを見る
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2015/06/28 23:32

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