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zoom RSS 「すっきりしない」について

<<   作成日時 : 2005/08/04 01:45   >>

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すっきりしない」について
びーらぶさん、トラックバックありがとうございました。
こういう微妙な話を忌憚なく話せるのも、お互いの信頼関係があってだと思い嬉しいですね。当たらず触らずのお付き合いなら素通りする所です。*^-^*

びーらぶさんを思うと、やはり、この問題は何かの話題になるたびに、「違うよ」とスッキリしない気分になるのでしょうね。
多分みんなそういうことって、ひとつやふたつ抱えているのかもしれませんね。

>人が生きる上で、どんな暦を使うかは、その人の自由だと思います。

ええ、確かにその通りかもしれません。
けれど、世界中の人の共通認識として今はG暦が採用されているということですね。やはり、何かを約束するにも、企画するにも暦が必要であり、不自然な形でも世界共通のものが、あったほうが物事スムースです。
日本にも和暦ががあり、旧暦があり、他国には他国の文化として、文明の発達に暦は大いに関係していた、そして今も関係しているんですね。
確かに、G暦の弊害はあると思います。それで国連にも改暦を訴える動きが出ているようです。

ところで、「13の月の暦」では、=マヤ暦という表現は一切していないようですよ。
一番分かりやすく書かれているHPをご紹介しておきますので参考にしてください。
http://www.suisyounoentaku.com/ (水晶の日の円卓)

私は、基本的に誰が何を信じ、何を選択するかについては自由だと思います。
ただ、今の時代、自然界と人類の間に隔たりがあり、乖離していることに問題があると感じます。
人類も自然の一部でありながら、分離してしまっている状況、自然のリズムに調和していない生き方は、やはりどこかで修正しなければ行き詰ります。
それが今という時代であり、修正しつつある時代でもあると思います。

先日も、某メルマガに
赤穂浪士の討ち入りの日付は、元禄15年12月14日。
だが、元禄15年12月14日 は、
日本の歴史として、1702年12月14日にしている。
元禄15年12月14日は、西暦1703年1月30日なのに。


とありました。
これは日本の暦が「年を西暦に直し、月日は、陰暦のまま」だったことから生じたものだそうです。
歴史がいちいち違ってくることに何か感じないかという問題提起でもあります。
そうすると、やはりきちんと直さなければということで、学校の教科書から何から、国家的に暦の修正が必要となってくるんですね。そういうことが即行われるかどうかは分かりませんが・・・

また、そういうことから、
パカル・ヴォタンの誕生日が、マヤ暦のツオルキンでは、8アハウという日になるのですが、それは、ホゼ・アグエイアスのツオルキンで、8アハウに対応する8太陽だとほとんどの人が思ってきた。

でも、マヤ暦のツオルキンとホゼ・アグエイアスのツオルキンとの間に運用の違いがあるのであれば、(実際あるのですが・・・)その603年の8アハウは、先日の6月12日の8太陽、赤い銀河の太陽という日の260日周期とは言えないぞ。


ということにつながってきたようです。
これらは、それを専門的に深く探究する方々にとっては重大問題ですが、一般の人は知らないわけで、それらが公式に訂正されたり、改暦がなされる時に「ああ、そうなんだ」的に、みな右に倣えになるものだと思います。

無責任な言い方のように聞えるかもしれませんが。*^-^*
それよりも、それらのことも踏まえ(少しだけ頭の片隅にでも置きながら)、意識の中でそれすらも超えて、(20世紀までの人類の歴史、(DNAに刻み込まれたすべての情報?)を超えて)、新時代に移行していくという意識に目覚めることのほうが、個人個人にとっては大切なことだと思います。

それは、精神世界とか、スピリチュアルな世界の情報とかではなくても、例えば、創世記などでいう「悔い改めよ」という言葉からでも窺い知ることができると思います。とはいえ、私自身は聖書などにも疎いのですが、直感的に「悔い改めよ」は、アダムとイブから始まった人類の歴史そのものに対して今も、常に発信され続けているメッセージと感じるのです。*^-^*

そうすると「言葉」に捉われるのではなく、「中味」「内容」にこそ焦点を当てるべきではないかということになり、専門的なことは専門家にお任せして、もっともっと身近な日常の中の矛盾について、解決していくことが、自分のテーマかと思うのです。

> 「天上のシンフォニー」には1行、2012年のことを、「マヤ・カレンダーが終わるのもその年だし・・・」と、登場人物が思う記述がありました。そして、読み終わった後に参加できる掲示板を読むと、「13の月の暦」の内容を含んだ投稿を見かけます。私は、掲示板を読むだけですが、読むたびに、分離感を感じます。
> 私は、すっきりしないものを感じています。


これは小説でもありますし、マヤカレンダーが終わると言っても、小説の中でも終わってはいないのですね。*^-^*
投稿者に関して言えばいろいろな認識があるということの現われだとも思います。
びーらぶさんが冒頭仰っていた「何を信じるのも自由」という観点からすれば、「あ、そういう風に捉えている人もいるのね」と流すのが最善かと思います。*^-^*
それと、思い切って作者である伯宮さんに直接質問をしてみるのもいいかもしれませんね。

いかがでしょう?
少しは、スッキリしましたでしょうか?*^-^*

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微妙
「「すっきりしない」について」について  私は、自由気ままにさんのブログを読み、興味を持ち、「天上のシンフォニー」を読みました。しかし、最初に、自由気ままにさんのブログを読んだ時、本に挟まっていたというチラシの内容を転記する文章の中に、「マヤカレンダーの終わる前の年(2011年)」みたいな表現が盛り込まれていたと、記憶しています。私はそれを読み、複雑な気持ちでした。自由気ままにさんの紹介なのだから、いいものに違いない、という気持ちと、本を紹介するチラシに書かれていたという「マヤカレンダーの...... ...続きを見る
びーらぶ日記
2005/08/06 17:07

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
 こんばんは。ところで、夕方トラックバックした記事を、削除しました。ごめんなさい。心の中が混乱している気がするので、止めました。というか、もうこの問題はいいや、という気がします。おそらく、私にとっての本当の問題はこっちではないと思います。郷里に帰って、落ち着こうと思います。
びーらぶ
2005/08/06 22:21
びーらぶさん、今頃はお母様に会えてほっとしている頃でしょうか。
記事の削除、OKですよ。
本当の問題はこっちではないと感じ始められたということは、何よりの収穫ですね。
そう、何かに捉われてしまったとき、それに気づいたときは、すぐにそこから離れることが賢明です。離れたら何故捉われたのか?原因が見えてくると思います。だから、何があっても順調ですね。*^-^*
故郷から戻られたら、また会話を楽しみましょうね。
お母様、くれぐれもお大事に。
自由気ままに
2005/08/07 21:56

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