心のまま大らかに

アクセスカウンタ

zoom RSS 見えないものを観る極意?

<<   作成日時 : 2006/11/22 20:08   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

画像
タイトルを見るとなんだか凄い話になってしまうが、実は簡単な話。*^-^*
時々友人などと話していて話題になることのなかで、「文章の行間を読む」とか、「文字に出来ないところを読む」とか、つまり、文章の解釈について話すことがある。

中には奥義だから分かるわけがないとか、解釈は幾通りもあるとか・・・
確かにそうかもしれないと、素直に思う。

しかし、そこへたどり着くためには、先ず書かれている文章や言葉を素直に読むところから始まるのではないだろうか。
そこをしっかり受け取らないと、理屈ばかりが先走って、ああでもないこうでもないと見えなくなってしまう。

先ずは、言葉通り、文章をそのままに読んで、そこをしっかり受け止めることが肝腎だ。
(これはどんな書物に対してもいえると思う。)
するとその次に、自分の体験を通して引き出した答えとつながって、その文章の深さに触れることが出来る。「ああ、言いたかったことはこういうことだったんだ!!」「奥が深いな」とあらためてその文章が新鮮に目に入ってくる・・・

その時というのは、もう理屈ではなく、むしろ感覚の世界で、感じる世界。感じるは、観じるに置き換えることが出来るから、その理解は頭でああでもないこうでもないと考え抜いたものではなく、自分の理解が広がってむしろ直感的にイメージとして出てくるかもしれない。
もちろん、このイメージとは空想ではない。絵空事でもない。

縁あって、日月神示、火水伝文、長谷本、そして「天の日月の神」のメッセージを拝読して思うのは、その中にも必ず出てくる言葉は、

 「理屈を言わず、素直に最後まで読みなさい」

である。つまり判断は要らないのである。本当かな?どうなのかな?という疑いも一切持たずに読んでこそ分かる世界である。
で、読みきって、自分がどう感じたのか?信じる信じないもそのときに決めればよいことである。
誰もそれを信じなさいと強要する者はいないのだから、あくまでも自由選択、自己責任である。

画像
ああ、それにしても「素直」と「謙虚さ」は、いつの時代も大切だなと、体験上身にしみて分かるようになったのは、それだけ年をとったということかな。まだまだ若いつもりなんだけど。*^-^*

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
見えないものを観る極意? 心のまま大らかに/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる