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zoom RSS 自己矛盾からの脱却

<<   作成日時 : 2006/12/10 19:16   >>

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自己矛盾解消法」について
久々に、感じるままに記しておこう。前回はコメント欄でネバネバ君の話に発展し大変楽しく終わった。
今回は見る角度を少し変えてみたい。

矛と盾

矛と楯の話は矛盾ということでよく知られているが、果たして本当に矛盾しているのだろうか?どうしたら矛盾を解消できるのだろうか?

「矛楯」の意味を広辞苑では、

(楚の国に矛と盾とを売る者がいて、自分の矛はどんな盾をも破ることができ、自分の盾はどんな矛をも防ぐことができると誇っていたが、人に「お前の矛でお前の盾を突いたらどうか」といわれ、答えられなかったという故事に基づく) 事の前後のととのわないこと。つじつまの合わないこと。

と説明している。
確かにこれを読めば誰だって矛盾の意味がよく分かる。
矛盾とは、自分が最強の矛と最強の盾を持つことから生じている。*^-^*

ではどうするか?
それは、簡単なことだ。最強の矛を手放すことである。
最強の盾だけを持てばよい。あるいは、盾も棄ててしまえばよいのである。

まず、矛を棄てるということは戦う武器を棄てることである。戦わずして勝つの意味にも通ずるが、

喩えとして私は「受取人がいない荷物は誰のもの?」という話をする。
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宅配便のひとがブザーを鳴らす。

そこで荷物を受け取れば自分の物。

しかし、そこで受け取らなかったら、

その荷物は、どこへ行くだろうか?

誰もがわかるように、それは送り主のところへ戻っていく。

従って、その荷物は送り主の物


という、いたって簡単な話である。
その荷物の中身が、人の感情である「怒り」「嫉妬」「恨み」等々であったら尚更だ。

つまり、受け取らないということは、どんな矛をも防ぐことができる強い盾ということである。
また、受け取らないからこそ、自分に向かって突かれた矛は、相手の元へ返っていく最強の矛なのである。

これほど強い矛はないわけで、どこにも矛盾のない話である。
今までの時代は戦いの歴史であったから、矛盾が当然生まれたのだと思う。
常に勝ち負け、損得の計算ばかりで、ひとよりも優位な立場になろうとする。人を支配しようとする。領土を拡げようとする。・・・
いわば、自分と他人、自国と他国というように分離意識を拡大していった時代である。

そうやって来た結果の今。
それはもう誰の目で観ても、そういう世界は崩壊していると見えているはず。感じているはず。

それでもまだ、古い価値観に捉われて幻想の世界に居座り続けるのか?
もう、それはどう観たって続くわけがないのは明らかなことではないのか?

元々、ボタンの掛け違いをして、矛盾だらけにしてしまい、そこをなんとか理屈の世界で、つじつま合わせで誤魔化してきたわけなのだから、修正するしか存続できないところまで来ているのだから、もういい加減にそういうところにも目をやって、目を覚まそうよということである。

時代は明らかに変わっている。もう戦い、争う時代のエネルギーは、明らかに崩壊し始めている。
だからこそ、最強の盾も手放せばよい。最強の矛を手放してもこちらが盾を持っている以上、まだ争いのエネルギーは存在している。だから、盾を手放すことで矛盾はなくなる。
何故ならば、相対する対象がなくなるからである。
このことからも、自分の中の掃除洗濯をしていればよいことになる。

画像最近、私が「天の日月の神」を支持し、ブログでもホームページでもリンクしたことで、中傷誹謗する書き込みが増えてきた。
増えたと言っても、特定の人物が名前を変えて、さも大勢の人間が非難しているような形をとっているに過ぎないが、せいぜい数人というところか。
何かネット上のストーカー行為にも感じるほどしつこい人たちである。
私は黙って削除し続けているが、それは暴言は吐いた人のところへ戻っていくからである。
それではあまりに気の毒だから、しまいには書き込みが出来ないようにセットする。

私は決して、人に強要しているわけではない。
できたら、ひとりでも多くの方々に読んでもらいたいし、ご自身の掃除洗濯のために役立てていただきたいと思うがために、リンクさせていただいている。

また、私は神人さんとも直接お会いしてお話もさせていただいているので、そのお人柄がよく分かる。
どこまでも謙虚で、自分(エゴ)のない、穏やかな波動の持ち主である。
肉体は入れ物。それに徹していらっしゃる・・・
その意味を真に理解するのは、難しいかもしれないがお役目に徹していらっしゃるお姿に敬服する。
彼は、自分に降りているメッセージを日月神示の流れと感じているが、それを誰にも押し付けようとしてはいない。
すべての判断は読み手側に委ねている。どう捉えるかはそれぞれの自由なのである。

だから、私がそれを信じるのも自由。他の人がそんなのいんちきだと言うのも自由。
ただし、いんちきと言うのも自由なのと同時に、本当にそうだと認める人の自由を侵してはならない。
それは最低限のマナーである。

水は低きへ低きへと流れるのだから、静かに見ていればよい。

こちらは、すでに矛も盾も手放している世界にいるのだから、けんかを売られても買いようがないことを知っていただきたい。
それよりもなによりも、掃除洗濯で身を整えることこそ大事なことである。
自己矛盾を抱えている人ほど、その矛盾に押しつぶされていくことに気づいていただきたい。

分離から統合へ。すべてはひとつなのだから争う必要などどこを見てもないのである。
新しい国(地球)の建設は、既に始まっている。
地球が崩壊してしまったら、生き残れる国も、人類も、自然も、すべて何もかもなくなってしまうという現実に目を覚まそうよね。って思う今日この頃である。

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コメント(21件)

内 容 ニックネーム/日時
素敵なお話に感謝します。スゥーっと、自分の心に溶け込むこの気持ちはなんなんでしょう。でも、すっきり。

早いとこ、自分もタケさんと会いたいです。



hiro3n
2006/12/10 21:26
hiro3nさん、
スッキリしていただいてありがとうございます。*^-^*
制限を外すとどんどんお気楽になって、人生が楽しくなりますね。

タケさんは、知れば知るほど素晴らしい方だと誰もが納得することでしょう。
早くお会いする機会に恵まれるとよいですね。*^-^*


氣楽
2006/12/10 22:52
私も、神人さんにお会いしましょう。
正しい信仰をする大切さと
邪宗教の害毒の恐ろしさを伝えるために
日月神示の内容の矛盾を指摘し、
迷いの世界から救済するために。

豚魔からの救済
2006/12/12 20:06
>素敵なお話に感謝します。スゥーっと、自分の心に溶け込むこの気持ちはなんなんでしょう。でも、すっきり。

これが邪宗の害毒です。
覚せい剤をした人は、気持ちよくなるらしいですよ。
でも、後には廃人になりますが。

邪宗教に染まった人は最初は気持ちがいい思いをするものです。
後々には、悲惨極まりない状況に陥ります。
法の華のように。
分かりやすい喩えだと思います。






豚魔からの救済
2006/12/12 22:25
いつも御世話になっております。
僕の事を御紹介して頂きまして
どうもありがとうございます。<(_ _)>
皆様がそれぞれにうれしうれしとなられますこと
心よりお祈り申し上げます。<(_ _)>
愛すること、他を理解することから始まります。

タケ
2006/12/12 23:36
タケさん、こんにちは。
コメントありがとうございます。
こちらこそいつもお世話になっております。

>愛すること、他を理解することから始まります。

本当にその通りですね。
すべての出会いに感謝いたします。
アルバムの中の♪いつか私が愛そのものになる日・・・・♪のために「祈り」があるのですね。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
日月大神様に祈る
大和心 民を導き給え
世界が和す時代(とき)が来ますように
祈る 祈る
地球の大神様に祈る
命あるものみんな
喜悦し喜悦しとなる時代が来ますように
祈る 祈る
みんな喜悦し喜悦しとなる
未来(とき)が来ますように
みんな喜悦し喜悦しとなる
未来が来ますように
祈る祈る永遠に
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

私の好きな曲のひとつです。
氣楽
2006/12/13 15:59
こんにちは 先日からおじゃましております。宅急便の例えわかりやすかったです。でも送り返すのが難しい。すぐに反論してしまいます。攻撃してくるのは鏡の自分だと思って自分の反応を観ています。傷つかないのはむずかしいです。 

日月神示 読んでいます。幾通りにも読める神示だと思います。わたしたちは自分で生きてると思っていても生かされてるのは本当のことだと思います。
どう読むか その人その人のめがねを通していると思います。めがねがどんどん
透き通ってきれいになっていくと自ずと共振の波が強くなっていくと思います。
ご縁をいただいたこと感謝してます。お仲間にいれてくださいね
けやき
2006/12/13 17:22
けやきさん、はじめまして。
コメントありがとうございます。
宅急便の例えですが、送り返す必要はなく、あくまでも受け取らないということですね。受け取らなければ必然的に相手に戻っていきますから。
で、「送り返す」ということは、そこに何らかのこちらの意思、感情が+されて相手に返っていくんですね。
送り返すと受け取らないの最大の違いは、感情が動くか動かないかではないでしょうか。
氣楽
2006/12/13 18:28
日月神示。そうですね。どう受け止めるかで大きく違ってくるかと思います。
日月神示が降りた当初とはちがい、現代に生かされている私たちはその真っ只中にあると思いますから、昔の頃の人たちと違って、すべてリアルタイムで受け取れますから、非常に分かりやすい面があると思います。

どの神示を拝見しても、結局のところ私たちがするべきことは身魂のお掃除であり、お磨きであると思います。
いよいよというかようやくというか、今やっと、オセロゲームが始まったのですね。今まで白だと思っていたものが黒で、黒だと思っていたものが白だったという話ですから、意識の変容⇒すべてを白にするゲームですね。*^-^*

>ご縁をいただいたこと感謝してます。お仲間にいれてくださいね。

こちらこそよろしくお願いいたします。*^-^*
氣楽
2006/12/13 18:33
>愛すること、他を理解することから始まります。

こう述べるのは簡単ですね。しかし、理解しようとしても理解することが困難であるのが、人というもの。「言うは易し行いは難し」です。
しかし、理解していると思いたい気持ちは分からないでもないが。
気楽さんがよく言う「謙虚」な気持ちがあれば安易にいえない言葉です。
なぜなら、無知なる人間が簡単にできることではないからです。
人間の慢心の心の仕業です。

豚魔からの救済
2006/12/13 19:04
>世界が和す時代(とき)が来ますように

世界の人々の多くが邪宗謗法をやめれば、必ず来ます。

豚魔からの救済
2006/12/13 19:08
>どの神示を拝見しても、結局のところ私たちがするべきことは身魂のお掃除であり、お磨きであると思います。

仏法の道理に基づいて、実践していかなければ、お掃除もお磨きも不可能です。そのためには、世の中にあるすべての邪宗教、邪な思想を捨て去ることです。



豚魔からの救済
2006/12/13 19:13
氣楽様 お返事ありがとうございます。おしゃる通りまさに感情が動いておりました。頭で理解したように思っても現実の自分はなかなか変えられません。
自分の内側を観るチャンスですね。

意識の変容 それこそが今回の人生の目的です。楽しんで感謝して心の内側に向かいたいと思います。氣楽様がブログを書いていてくださったこととても感謝してます。

けやき
2006/12/13 21:19
>頭で理解したように思っても現実の自分はなかなか変えられません。

そうですね、今のままでは、一生あなたの現実は変えられないでしょう。
邪宗謗法を捨て、正しい仏法に帰依しない限り。


豚魔からの救済
2006/12/13 22:34
けやきさん、こんばんは♪
コメントありがとうございます。

>現実の自分はなかなか変えられません。

多分それは、けやきさんが仰っておられるように、頭では理解していらっしゃるのだと思います。問題はそれをどうするかなのですが、私が体験上得たことのひとつを下記に記してあります。
参考になるかもしれませんので、お時間のあるときにでもご覧下さいね。*^-^*

「ゼロ思考」
http://ckm35289.at.webry.info/200602/article_27.html
「ゼロ思考」は観(見)るだけ。そして観(感)じよう!
http://ckm35289.at.webry.info/200602/article_29.html

>意識の変容 それこそが今回の人生の目的です。

本当にそうですね♪
ひとはどうあれ、人生の目的がハッキリしている以上、迷うことなく歩んでまいりましょうね。(^O^)v
氣楽
2006/12/13 22:41
氣楽さん、ご無沙汰してます!^^
何はともあれ、自分のお掃除につきますね♪

>愛すること、他を理解することから始まります。

タケさんのこのコメント、本当にそうですね。
常に意識していきたいと思います。
chiho
2006/12/15 01:12
chihoさん、お久しぶりです。

>何はともあれ、自分のお掃除につきますね♪

本当にその通りですね。人の頭の上の蝿を追っている暇はありませんのよね。
誰もがです。*^-^*
もう、理屈の世界は終わっているのですから、お掃除お掃除ですね。

世の中益々、ボーダレスな時代へと移行していますね。
氣楽
2006/12/16 00:01
気楽様こんばんは。ゼロ思考読ませていただきました。<見(観)ること感(観)じることだけ。
それ以上は、踏み込まない。>本当だとおもいます。中心にいるときの心の安らぎは言葉では説明できないくらいの幸福感に包まれます。自分では葛藤から卒業したかのように錯覚したりしてます。

突然の感情のゆれ 怒りに自分の心の中を観るチャンスがきます。その中で自分でも気がつかないできた被害者意識や傷ついたままの心が表れてきて向かい合うことができます。感情は心の浄化のナビになってくれます。怒りの対象の人は恩人なのだと思います。そのひどいと感じる言葉がなければ自分ではわからなかったことを知るきっかけになってくれた人ですから。

結局どんな言葉を言われたとしても自分の心の闇に応じて反応してるのだと思います。自分の内側で掴んで放さない。いらない思いを手放して軽くなっていくことの繰り返しだと思います。すべてに感謝ですね。すべてを受け入れていくのですね。
けやき
2006/12/16 22:53
けやきさん、こんばんは♪

読んでくださってありがとうございます。
ご理解いただけたようで、とても嬉しいです。*^-^*
本当に仰るとおりですね。
すべて必然ですから、何も否定はありませんね。
気づくための必然。だからどんなことにも感謝することが出来ます。
それがうれしいですね♪
氣楽
2006/12/16 23:21
初めまして!

皆さん、心の修養が良く出来ておられるようですね。
読んでいて楽しくなったので、コメントさせていただきます。

人間は、入れ物と中身でできているんです。
入れ物は神がお創りになりますが、中身は自ら作らなければなりません。
人の中身は鏡です。自分の目で見た通りに映ります。
それ故に神示には「身魂相応」と記されているのです。
私たちは、悪く言われようと、良く言われようと、気にすることはありません。神の御心が映るような美しい鏡を磨くだけです。

スズカ
2007/09/30 09:01
スズカさん

はじめまして。
コメントありがとうございます♪
こうした古い記事にコメントをいただき、あらためて読み返す機会をいただけて感謝します。

仰るとおりで、
鏡が歪んでいては映るものすべてが歪んで見えますね。
だから、鏡が歪まないように身魂磨きが大事ですね。
掃除洗濯にせっせせっと励みましょう。*^-^*

ありがとうございます。<(_ _)>
氣楽
2007/09/30 12:31

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