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zoom RSS 「喜びの世界」について

<<   作成日時 : 2016/10/12 21:13   >>

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喜びの世界」について
9月の更新からひと月以上が経ってしまったが、世の中もどんどん変わっていくし、私自身もふと気づくと何という特別な理由(わけ)もないのにふつふつと湧いてくる歓びの世界を楽しんでいる自分に気づき、みんなみんな変わっていく。止まっているものは何もないことに気づく。

最近特に感じるのは、肉体的な痛み、苦痛を超える世界があるということ。
それは以前から現象として感じていたが、今はそういう領域、段階、があると確信できる世界に居るということ。この収穫は大きい。
その先の世界は? 克服なのかもしれないと淡い予感…

それを裏付けるかのような、もう何年も前にいただいた霊伝の中に答えを見出すことができる。




苦しみは大きな学びをくれたな
そなたが望んでいたものだ
それだけの苦しみを持ってでなければ得られぬ学びであった
変わりたいと思っていたが故に 与えられた苦しみぞ

何故にではないな
望んだが故にである
だがそれ故に ひとがより また深く見えてきたであろう?
大きな学びができた

この生というものは
やはり深くひとを知りたいという生でもあった
それに必要な環境と学びの過程を与えて来たのだ

過去の性は男ぞ。
多くのものを従え生きた時代があった
永かった。
故に、権力のもと  人と関わることが当たり前になっていたゆえ
人の心が分からぬようになった
故に敵も多く生まれ、
人を苦しめ
人に苦しめられた

それとは異なる形で
この生は 女に致した

戦から離れさせた訳だ
だがどうか?
女で戦いたしたな
性は変われど 御魂の質は同じ
やはり致すことは 似たものだ

そこからいかに離し
人をいつくしむという思いにいけるか
そのためには病と致すより 学びの道はない というところにきたのだ

己の世話になってきた肉体であるならば
文句は言うまい
だが、そこまでして やっと学べた ということだ
それは喜びぞ
ひとからは決して学べなかった学び
その肉体、身代わりとなって教えてくれたのだ

己のものではないぞ
己に学びを与えさすために
使わせておる みからだであるぞ
そのことを思うて そのみからだに 尊き思い 与えよ

学ばせてくださり 有り難き想い
みからださまとなったのだ
それは親神の分身でもあるぞ
いわば親神が教えてくれたに等しい

だが、大きい学び致した後は 大きい喜びが 待っておるぞ
それを楽しみに致せ

苦と喜びは
常にめおと(夫婦)ぞ

2010.07.11



「大きい喜びが 待っておるぞ」
これは何度かお聞きしていたことだが、この現象世界を卒業したあとの死後の世界での話だと思っていた。
だから、いつお迎えが来るのかなと楽しみでもあったが、それは勘違いであって、今生この身のまま体験する世界なのだと感じ始めた。

うんうん、そうでなければ真の答えとはならないものね。(死んででは誰にも分からないし、伝えられない)

それと、因縁だとか因果だとか、人は簡単に言ってしまうが、どういう因果なのかまでは分からずに言って人を傷つけることが多いということ。これは慎んだ方がよい。
私は人の心ない言葉にずいぶんと苦しめられてきた。だから、強く変わりたい想いを持ち続けて来られたのだが、人生とは、「みな、それぞれ」を学び、身軽になっていく過程と思う。

ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。



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2016/10/14 00:05

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