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zoom RSS 争いの芽摘む努力

<<   作成日時 : 2014/10/20 23:49   >>

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今日は、皇后さまが80歳の傘寿を迎えられたおめでたい日。私も2日後に誕生日を迎えるということで
美智子さま(親しみをこめて)、おめでとうございま〜す( ^_^)/▼☆▼\(^_^ ) カンパーイ
そして、私にも おめでとう〜( ^_^)/▼☆▼\(^_^ ) カンパーイ
と、お友達がお祝いをして下さった。

テレビでは、
小渕優子経済産業相辞任や松島みどり法相辞任のニュースで一日騒がしかったが、皇后さまのお言葉のひとつひとつがとても心に響いて胸が熱くなるのを覚えた。お言葉は短いがとても大切な内容であり、メッセージであると思うので、この機会にみんなで話し合ったり、ひとりひとりが考える機会として活かせたらと思った。
HAさんが帰られた後になってしまったが、MSさんと語り合え、確認し合えたことはとても有意義であり、嬉しいことであった。


http://news.infoseek.co.jp/article/141020jijiX402

「争いの芽摘む努力を」=皇后さま、80歳に- 時事通信(2014年10月20日05時18分)

 皇后さまは20日、80歳の傘寿を迎えられた。これに先立ち、宮内記者会の質問に文書で回答。「(天皇陛下が)時に厳しく、しかしどのような時にも寛容に導いて下さり、私が今日まで来られたのは、このお蔭であったと思います」と振り返った。

 来年は戦後70年を迎える。皇后さまは「世界のいさかいの多くが、何らかの報復という形をとってくり返し行われて来た中で、わが国の遺族会が、一貫して平和で戦争のない世界を願って活動を続けて来たことを尊く思っています」と言及した。

 その上で、「平和の恩恵に与(あずか)っている私たち皆が、絶えず平和を志向し、国内外を問わず、争いや苦しみの芽となるものを摘み続ける努力を積み重ねていくことが大切ではないか」と指摘。「来年は、大勢の人たちの戦中戦後に思いを致す年になろうと思います」と述べた。

 皇后さまにとっての芸術や文化の意味を尋ねた質問では、幼少時に両親が芸術に親しんでいる姿を見たことで「私も少しずつ文学や芸術に触れたいという気持ちになったよう記憶いたします」と述懐。訪問先のタンザニアで「国民の間に格差が生じるより、皆して少しずつ豊かになっていきたい」という言葉を聞いたことを紹介し、「胸が熱くなるような感動を忘れません」とつづった。 

[時事通信社]



http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2014102002000113.html

争いの芽、摘む努力を 皇后さま80歳 戦後70年に触れ 東京新聞2014年10月20日 朝刊

 皇后さまは二十日、八十歳の誕生日を迎えられた。昨年十二月に八十歳となった天皇陛下と、そろって傘寿を迎えたことになる。宮内記者会の質問に文書で回答を寄せ、これまでの人生を振り返って「五十年以上の一緒の生活で陛下は時に厳しく、しかしどのような時にも寛容に導いてくださり、私が今日まで来られたのは、このおかげであったと思います」と天皇陛下への感謝をしたためた。


 来年の戦後七十年にあたっては「平和の恩恵にあずかっている私たちが絶えず平和を志向し、国内外を問わず、争いや苦しみの芽となるものを摘み続ける努力を積み重ねていくことが大切ではないか」とした。


 戦没者慰霊については、戦中に徴用された民間船の多くが軍人や軍属、物資を運ぶ途中に撃沈され、六万人に及ぶ船員が亡くなっていることに触れ、来年を「大勢の人たちの戦中戦後に思いを致す年になろうと思います」としている。シベリア抑留で死亡した人の名簿作成に後半生をささげた村山常雄さんが、今年五月に八十八歳で亡くなった新聞記事を読み、心を打たれたことにも言及した。


 皇后さまが親しんできた文化、芸術については、子どものころ両親に連れられていった音楽会や、書店で画集に見入った思い出などをつづった。さらに外国訪問での見聞を踏まえ、「少なからぬ数の国民が信念として持つ思いも、文化の一つではないでしょうか」と指摘した。


 印象に残る例として、一九八三年に皇太子時代の天皇陛下と訪ねたアフリカのタンザニアで「私たちはまだ貧しいが、国民の間に格差が生じるより、皆して少しずつ豊かになっていきたい」という言葉を、大統領らから聞いたことを紹介。「胸が熱くなるような感動を忘れません」と振り返った。

◆シベリア抑留 強く心寄せ


 皇后さまは文書回答で、シベリア抑留者の苦労に寄せる思いをつづり、犠牲者の正確な名簿作成に力を尽くした新潟県糸魚川(いといがわ)市の故・村山常雄さんの死亡記事に心を打たれたことも記された。村山さんの妻カズさんは「抑留の悲劇をとどめてほしいと思っています」と語った。


 回答によると、皇后さまは、皇太子妃時代に献本されたシベリア抑留者の歌集を読んだ。「帰国への期待を募らせながら、さわらびが羊歯(しだ)になって春が過ぎていく」という一首が特に悲しく思われ、抑留者や外地で終戦を迎えた開拓民のこと、引き揚げ後の苦労などに心を向けるようになったという。


 その後、皇后さまは抑留者の収容所(ラーゲル)での暮らしを思い、こんな歌も詠んでいる。


 「ラーゲルに帰国のしらせ待つ春の早蕨(さわらび)は羊歯(しだ)になりて過ぎしと」


 今年五月に八十八歳で亡くなった村山さんは、ハバロフスクで四年間、強制労働に従事した。帰国後は中学校教諭として勤務。夏休みに抑留犠牲者の慰霊の旅を続けるうちに、帰国を果たせずに亡くなり凍土で眠る人々を「名もなき戦士として埋もれさせてはならない」との思いを抱き、四万六千三百人もの死亡者名を収録した名簿を作り上げた。


 皇后さまの回答では村山さんの名前は伏せているが、「戦争を経験した人や遺族それぞれの上に、長い戦後の日々があったことをあらためて思います」としている。


 回答に村山さんの努力が記されたことに、村山さんの妻カズさんは「尊敬する皇后さまから大変うれしいお言葉をいただきました。一人でも多くの方にシベリア抑留の悲劇をとどめてほしいと思っています」と語った。



「世界のいさかいの多くが、何らかの報復という形をとってくり返し行われて来た中で、わが国の遺族会が、一貫して平和で戦争のない世界を願って活動を続けて来たことを尊く思っています」

「平和の恩恵に与(あずか)っている私たち皆が、絶えず平和を志向し、国内外を問わず、争いや苦しみの芽となるものを摘み続ける努力を積み重ねていくことが大切ではないか」と指摘。「来年は、大勢の人たちの戦中戦後に思いを致す年になろうと思います」

印象に残る例として、一九八三年に皇太子時代の天皇陛下と訪ねたアフリカのタンザニアで「私たちはまだ貧しいが、国民の間に格差が生じるより、皆して少しずつ豊かになっていきたい」という言葉を、大統領らから聞いたことを紹介。「胸が熱くなるような感動を忘れません」と振り返った。


僅か数行の回答であるが、この三項目にどれほどの想いを込められたのか。否、陛下も皇后さまも常に常にそのことを願い、想い、尽くされていらっしゃるのでこれが普通で、特別のことではなかったのかもしれないが、・・・否、政治には口出しできないお立場からして、どれほど今日の日本を案じておられるか・・・大変示唆深いお話と感じ入った次第である。

このことはやはり国民ひとりひとりが心しなければならないことだと思う。

私はもう20年も30年も前から白旗を上げてしまったから、争いごとからはどんどん縁が遠のいて平安の中で生かされいるけれど、個人も国も同じだと思うのね。
それでもいろいろな体験をして、気づかされることはたくさんあって、時にショッキングなことも起きるけれど、それでも「空っぽ」を確認できて、何が起きても大丈夫、有り難いなあと心から思える自分がいて、白旗を上げたことは大正解だったと自信をもって言える自分に「うふふ」なのよ。*^-^*

本当にありがたいことです。<(_ _)>

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
皇后さまのお立場からして最大限の内容でしょう。
実に深いです。
忘れないように青字の部分の3項目を書き写しました。
いつもありがとうございます。
飯倉片町 梅子
2014/10/21 09:36
飯倉片町 梅子さん、こんばんは。
コメントありがとうございます。
本当に、これ以上ないと思うほど濃密ですね。
そして、これは憲法九条の精神そのものと思います。
氣楽
2014/10/21 22:53

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