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<<   作成日時 : 2014/02/13 20:07   >>

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残念だが、終わったわけではないのでね。」について

都知事選が終わって細川氏の公式ホームページに「選挙を終えて」の挨拶が掲載されている。今後どうされるのか気になって時々見ていたが、「Listening――あなたの声を聞きたい」でインタビューを受けているのを見つけた。投開票の翌日には奈良の薬師寺から頼まれているふすま絵に取り掛かっていると知って、ろくろでも回しているかなと思っていた私は驚きもなく、さすがだと思った。



http://mainichi.jp/journalism/listening/news/20140213org00m010006000c.html
Listening:殿、次の一手は 東京都知事選で敗北、細川護熙元首相
2014年02月13日

 「矢でも鉄砲でも持ってこい!」。身もすくむ寒風吹きすさぶ中、悲壮感さえにじませ、東京都知事選で叫んだ細川護熙(もりひろ)元首相(76)。織田信長よろしく「桶狭間」の勝ち戦とはならなかったが、同志・小泉純一郎元首相(72)との「脱原発」の戦いはまだまだ終わらないらしい。次なる一手を聞いた。【鈴木琢磨】

 ◇安倍政権の戦前回帰が心配 小泉さんとの連携、これからも

 投開票の翌10日、細川さんは東京・竹芝にある倉庫にいた。棚に顔料の入った瓶がいくつも並び、手にはマイクならぬ絵筆を握っている。「ここ、アトリエとして借りているんです。奈良の薬師寺から頼まれているふすま絵が気になって。シルクロードの敦煌やバーミヤンなんかの天女や飛天などを参考にして。80枚を3年でね。さすがに朝はお礼の電話をかけ続けてましたが、一段落したので飛んできたわけです」

 いやはや、「殿」は違う。無数のカメラのフラッシュを浴びながら敗戦の弁を語ったばかり。しかも3位に甘んじ心中、じくじたるものがあるはずだが、さばさばした顔をしている。「気負った感じはありませんなあ。ふすま絵師に戻っただけです。むろん、戦うからには西郷隆盛が西南戦争で政府に異議申し立てした気概でやりましたよ。勝っていれば、原発再稼働は止められた可能性はあるが、投票率が低いなか、宇都宮健児さんと合わせた反原発票が舛添要一さんと互角までいった。安倍(晋三)政権がひるむ状況はつくれたんじゃないかと思いますよ」

 ひるんでないでしょ、と突っ込むと、熱いほうじ茶をすすり、苦笑いした。「そうかもしれませんなあ」。なんだか「殿、ご乱心」の気迫までしぼんだような。「いや、心は静かですよ。いつまでも乱心してたら、消耗しますし。ただ、脱原発は文明の転換を求める戦いです。日本人の生き方の問題です。ずっと訴えていかなくちゃいけない。うねりをもっともっと大きくしないと。小泉さんもまったく同じ思いです。会見前、小泉さんから、オレも行くよ、と申し出があったんですが、私の選挙ですから、と遠慮しました。それで自筆のメッセージが届いたんです。しばらくしたら小泉さんと会って、これからのことをじっくり話すつもりです。選挙中は2人で飯さえ食ってませんからね」

 世俗を離れ、ふすま絵を描きつつ、脱原発を唱え、安倍政権と対決していく、どんな秘策が? 「それを考えているんです。2人がどう連携していくかを。お互い一匹オオカミ、群れるのはきらいなたちだから、国民運動とかそんなことはしないし、新党もありえない。ただ小泉さんはこんなことで引き下がる男じゃない。演説をそばで聞きながら、不条理に本気で怒っているのが伝わってきた。小泉さんといえば、私が首相就任会見で『全体としてわが国の行為の中に侵略的行為があったことは否定できない』と述べたとき、真っ先に飛んできて『いいこと言ったな。その通りだ』ってね。わが与党8党・会派にすらそんな人誰もいませんでしたよ」

 細川さんを追いかけながら気づいた。序盤こそ「脱原発」を中心に訴えていたが、中盤以降、だんだん憲法、集団的自衛権、アジア外交、それにNHKの人事など安倍政権そのものにモノ申すようになっていく。「むちゃくちゃですよ。とりわけNHKの問題はひどい」。穏やかなふすま絵師に似合わぬ険しい目になった。「経営委員の百田尚樹(ひゃくたなおき)って作家が応援演説で口にしたらしいね。私をはじめ他の候補を人間のクズだって。あきれた。品がなさすぎます。籾井勝人(もみいかつと)会長も従軍慰安婦はどこの国にもいたと言った。そういう人たちが安倍さんのお友達なんだから。この国がどうなるのか、心配でたまらんですよ。戦前に回帰しているんじゃないですか」

 選挙中、細川さん、こもっていたホテルに1通の手紙を張っていた。アユ釣りの師であり、陶芸の師でもある京都の小児科医、加藤静允(きよのぶ)さん(77)が出馬表明直前に送ったもの。<大老をお勤めになった方が、今更江戸町奉行をお勤めになることは無いでしょう>。どんな人か、私は「京都最後の文人」と称される加藤さんを訪ねた。「出るなら、奥さまがええ、とたしなめるつもりでしたが、気持ちはようわかるんですわ。あの手紙のあと、もう1通、書きました。通ったにしても、通らへんにしても、結果にかかわらず心からお祝いできるようなものごとは世の中にあんまりないもんですなあ、と。すべて欲で動く時代、理不尽に立ち向かわはったのは偉いです」

 戦い終わってなお、細川さんが都知事選に立候補した理由が今ひとつふに落ちない。「日に3回、あまりいやな思いをせんと飯が食え、ほんの少しひとのために働けたらええ」が口癖の加藤さん、小さな診療室でぽつぽつ語った。「かれこれ20年来のお付き合いになりますかなあ。僕も細川さんの立場なら、やってたかもわからん。いつもは政治なんかやめときやと言うているんですが。そもそも脱原発で知事選は無理ですわ。でも声をあげずにおれんのでしょう。陶芸なんかやっていると、静かな人間と見られがちですが、むしろおかしなことに遭遇すると、精神に落差が生まれ、エネルギーになるんです」

 瀬戸内寂聴さん、梅原猛さん、吉永小百合さんらそうそうたる顔ぶれの応援団がついたが、心の支えは加藤さんだったのか。細川さんはうなずく。「ええ、清貧に生きておられる、その姿に学ぶところが多くて。医は仁術みたいな昔かたぎの先生です。書の鑑定眼もあり、京都の老舗カバン屋の相続をめぐる裁判では、義憤にかられ、寝る間も惜しんでニセの遺言状を見破り、逆転勝訴に導いたこともありました。いつもは静かにロクロを回しながら、世の不正に黙っていられない。加藤さんの生き方に教えられてばかりです。今度の都知事選、私の思いの奥底までお見通しでしょう」

 ところで、選挙中から違和感があった。細川さんの髪が黒々していたからである。「アハハ、娘らが染めろってうるさく言うもんで。でも、76歳にもなって白髪がないほうがおかしい。いやだなあと思ってたんです」。敗北したから、いっそ、丸坊主に? 「細川家中興の祖、細川幽斎(ゆうさい)も剃髪(ていはつ)してましたからね。いや、外見はどうだっていい。幽斎は生涯64たびですよ、戦の数が。それこそ毎日、毎日が戦でした。それでいて、源氏物語の大家であり、古今和歌集の継承者でもありました。時間が足りないなどと言い訳してはいられません。幽斎の子、忠興(ただおき)のよろいの脇の下には、矢に突かれて開いた大きな穴が残っています。ふすま絵も描き、脱原発の戦いも続けていかなければ、先祖に申し開きできません」

 ちょっと照れくさそうに髪をなでた。最後にもう一度だけ念を押した。また小泉さんと一緒に戦うんですか。「私自身が選挙に出るのはこりごりですが、戦前に回帰しようともくろんでいる人たちがいつまでも枕を高くして寝ていてもらっては困るのでね」。ダブル元首相の逆襲が始まろうとしている。


静と動をバランスよく合わせ持った器の大きさ。世の中は確実に変わっていく。その大切な時だからこそこれからもがんばっていただきたい。薬師寺の襖絵も楽しみです。

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