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zoom RSS 思い込みについて回想から得たもの

<<   作成日時 : 2013/07/09 18:55   >>

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今までも私なりの理解に於いて「同行二人」とか「霊主体従」という表現をしてきたが、そのことの意味・真実が最近になってより明確になってきたように思う。
そして、ついに先日Cさんと話していてはっきりと言葉にしてしまった。

よく過去はどうにもなるものではないのだから「忘れなさい」ということがある。「あの時ああすればよかった、こうすればよかった」と悔やんでもどうにもならないのだから、そういうことであれば「忘れる」=「手放す」のが最善だ。
忘れても過去の集大成が今であると理解すれば、過去を置き去りにしての今ではないことが明確だから何も心配する必要がない。。

回想するということは、意識的にするのではなく、何か意図して浮かび上がったものを鏡に映して客観的に観る、或いは観直すことなのかもしれない。ここで言う意図とは、想いの中で根底に流れている力、明確な答えに至らせようとする力のように思う。
私にとって、そうした回想は自然なことで、理解を深めたり解放に役立っている。

思い込みについても、これはとても重要なことであった。


Kさんと出会ってしばらくした頃、「今の(体の)状態で生きていくのは辛いですよね。体は借り物の衣装だから衣替えして自由になりますよ」という内容の話を聞いた。その時のKさんはどなたからか聞いてそれを伝えてくれている感じであったので、私は「はい、そうなんですか」と咄嗟にイメージした通りに受け止めた。

これが「思い込みの始まり」だったのだ。

その後、守護霊様、指導霊様、その他からの御言葉を伝えていただいたが、
次の生についてのお話があって
「次の生は よろこびを渡る者 として どこまでも 生きる者になる 次の生に 苦は 要らんぞ」「楽しみにしていなさい」とあった。それが励みにもなっていた。

次の生(=来世)では苦はない。つまり今生で過去世も含めてすべて清算するということ。それを私が望んだからそれをクリアするための厳しい環境・境遇を与えたのだという。それは大いに納得するところであったので何ひとつ疑問に思うことはなかった。現状を見ても、これほどの学びの場はどこを探してもあるはずがないのは明らかだ。

いろいろ回想していく中で、では、今生はどこまでも苦しみ抜いて耐えるしかないのかという思いが不図横切ることがある。・・・
これはおそらく「思い込みに気づけ」のメッセージであったように思う。
来世では苦はなく喜びに生きる者となるということは、今生でそれを達成していなくてはならない。

私は、今生では病を克服できないのだと思い込んでしまった。・・・
だから、

誠にしたいこと あるでしょう?!

そのためにどうすればよいか
明確な目標を立てて
短期間の内に意識を集中させていく
無理を可能に変えるんですよ
出来るんですな、これが
世の中にはね、
できぬと みなが申しても
できることというのが多々あるものですから。
想いがそうさせるのです。

・・・・・・・


とアドバイスを受けた時も、想いが足りないと言われればその通りで、「誠にしたいこと」が何であるかもはっきりイメージできていなかったのだ。既に思い込みに支配されているので病を克服するということは頭になかった。
だから、今も肉体的にかなり追いつめられていても、無駄な抵抗はしないし、新たな発見・気づきを得て喜びの中にいる。少なくても精神的苦の世界には居ない。勿論、逆境にあって不安も苦もなく坦々としていられる現段階でも、御体さんに感謝し喜びの中に居ることは、合格点でないにせよゴールに向かっているように思う。



冒頭の「同行二人」「霊主体従」にしても、より深い絆で結ばれ、信頼し合っての一体化が築かれている。
御体さんに常に語りかけ、協力してもらっての日常である。実に有り難いものだ。
更に付け加えるならば、見えない存在、守護霊様とも同様だと思う。だから、霊と体と守護霊様とで三位一体。

数十年間、中心感覚を意識し、「細胞の声を聞け」「何もしないことが最善」ということを習慣にしていた。
御体さんは何を思って私に協力してくれているのだろうか? ふと思うことがよくあった。

その答えとして、「私をもっと生かしてください。役立ててください。」と言っているように日増しに強く感じ始めていた。そうでなければ今の生活は成り立たない。・・・

そう。治らないんだと思い込んだ時から、やはり「治りたい」という思いは「悔いのない生き方をしよう」に少しずつ変わっていったから「誠にしたいこと」と言われても戸惑うばかりだった。・・・


それから、肉体はあなたではない。借り物ですよ。という言い方も要注意だ。
確かに肉体は借り物であるが、この借り物の衣装を着ている間の私は、肉体と二人三脚でひとつになっていなければ十分な働きができない。また、霊主体従と言っても、時には体主霊従ということだってある。
現実の今を見れば、御体さんの状況を無視して霊である私が暴走することはできない。細胞の声を聞くということはそういうことでもあるし、何もしないのが最善ということでもある。


全てはあのメビウスの輪のように表裏一体だから、霊主体従・体主霊従で一体化する。
もうずいぶん昔になるが、想いと肉体は別物だというひとつの答えを得たが、だからと言ってバラバラということではなく、どちらも寄り添っての「ひとつ」を成していた。けれど、「別物」という実感があまりにも強かった時は肉体は想いについてこられずエンストを起こしていた。

想念の世界は無限だが、有限の肉体と一体の世界での想いの使い方は「ひとつ」を無視できない。


今、私の体は限界ぎりぎりにあって、奇跡的とも言うべき働きをして私を支えてくれている。
ようやく真の意味での「細胞の声」が私の耳にも聞こえ始めたようだ。 

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
霊主体従∞体主霊従☆
数十年間、細胞の声を聴いてこられた実感深味あるお言葉。
私の気づきはまだこれからだなと感じます。

先日新月(8日)、生まれ直した気持ちがしました。
昨日までは前世。
過去の記憶をもちながら、同じ登場人物と出逢い、今日(今世)これからを生きていく…みたいな。
これまでのイメージ(思い込み)からは自由になって。

生きながらにして転生!
変容進化の時代には、これくらいHappyな思考回路になってみよう♪とふと思ったのでした。
ひろこ
2013/07/11 08:11
ひろこさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。

>生きながらにして転生!

素晴らしいです!!
今までの枠組みを外すと、今まで見えなかった世界がどんどん現れてくるようですね。視界が広がるというか、小さな発見がとても楽しいです。*^-^*
囚われないことが、意識せずとも進化進歩を早めるのでしょうね。
いつもありがとうございます。
氣楽
2013/07/11 20:27

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