心のまま大らかに

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zoom RSS 生き方は逝き方

<<   作成日時 : 2012/08/20 00:37   >>

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「八月も半ば」について」について
ひまわりさん、トラックバックありがとうございます。

私が最近思うことの一つに

  <お墓をどうするか> ということがあるのです。


先日お電話でもお話ししたように、これは私だけの問題ではありませんね。*^-^*

私の場合、本質的に観て自然に帰りたいと思っているのです。
現実的にも、夫も亡くなり子孫もいないので、天涯孤独の身。これがなんとも好都合なのですね。(^O^)v

亡夫の時、納骨はどうしようかと思ったのですが、私たちには子どもはいませんし、私が身障者ということもあり、亡夫の実家のお墓へ入れてもらいました。その時、私が先であったら義兄は夫に「お前たちはお前たちで(墓を)造れ」と言ったでしょう。「順番が逆だったらなあ」と言っていましたから。
ただ、それでも夫も義兄も元気だったころには「お前たちは子どももいないからおふくろと一緒に入ればいいよ」とも言ってくれていました。
実際、このまま私が死んだら亡夫と共に実家のお墓に入ることになるでしょう。

けれど、私は自然に帰りたい。地球上の人間以外が自然にそうであるように・・・

子どもの頃から、たくさんの人の死に触れて感じてきた看とり方も、夫が学びの教材として身を呈してくれたのだと受け留めています。十分とは言えなかったけれど「死を理解し、受け容れる」学びをお互いに学び合って、その時の最善を選べたのですね。今度は、それを踏まえて私が仕上げる(演じる)番です。

「あとかたもなく消える」

これが私の望みです。それをいかに現象化させるか。最大のテーマとしてあります。
まあね、言葉にすると少し仰々しく感じるけれど、実際にはごく自然なことでだと思うのです。

世の中は、今までいつの間にか洗脳され思い込まされてきたことが、間違いだったことに気づかせようという愛でいっぱいですよね。

生と死については、その究極であるかもしれません。
要するに、気づいてしまえばこんなに簡単でシンプルなものはないのですよね。

最近は、話せる相手が増えてきたので機会があると話題にしてしまうのですが、決して陰気にならずカラッとしていて笑いながら話せてしまうのも嬉しいものです。

いろいろ思うに、
何故戒名が必要なの?
戒名が必要なのは、お寺さんで供養してもらうためであり、戒名を記した位牌が必要になるため。
また、家庭では仏壇に祀って日々燈明、線香、水やお茶や花など供物を供え供養する対象として祀るためと思う。
つまりは、遺された者の拠り所としてある。
だけど、その戒名に何の意味があるか? かつて、陰徳行のひとつとして戒名つけのお手伝いをさせてもらったことがあり、戒名のつけ方や心構えなどを学んだことがあるが、戒名がつくと位牌を作り供養する流れができていた。
その当時はそれが最善と思っていたから、何の疑問も持たずせっせと先祖供養、永代供養、等々させてもらったけれどね。一体一体やっていくと、これが際限なく続く・・・

そもそも、亡き先祖を思う時、戒名で呼び合うことってあるだろうか?
何の疑問も持たず、私たちはかつて呼び合った名前や、お爺ちゃん、お婆ちゃん、お父さん、お母さん、○○ちゃんと、具体的に誰でも分かる名前で語り合うのではないだろうか。
決して、釈○○之霊位、釈尼○○信女、○○院○○・・・ 等々の戒名を持ち出して語り合うことはないのではないか。大体全ての戒名を位牌を見ずに憶えているだろうか?*^-^*
私は、かつて両家の過去帳も調べて、我が家用に作り、新しい仏さんを書き加え、日々の勤行の時に読み上げたこともあったが、今では見ることもしなくなった。それがなくてもつながり合うことができるのを知ったから。*^-^*
亡くなった人たちも、戒名で呼ばれてもそれが自分のことと理解しているのかどうか甚だ疑問だし、あちらではそんな名前は無用だと思っているから、少なくても私に限っては戒名は要らないのだ。

また、一周忌だの三回忌、七回忌、十三回忌等々の法事も必要なしである。

戒名も法事もしなくても、化けて出るようなことはしないから、安心してね。
別に忘れ去られても一向に構わないのだ。私はどこにでもいるし、想念の世界ではいつでも繋がっているから、寂しくもなんともないの。不成仏霊、未成仏霊には決してならないから大安心だ。*^-^*

大体、死後もお金がかかるなんて変だよね。
先日もヘルパーさんと話していて、彼女も子どもさんがいないご夫婦なので、自分たちは散骨を考えているとのことだったが、ご主人が長男なので先祖の墓守りを甥っ子に頼まなくてはならず、法事や墓守りの費用等も用意しているという。それも凄いことだと思ったが、死んだ後もお金がかかることに歯がゆい思いがした。
私も、夫が亡くなった当時は、私も今後お世話になるのだから、ある程度残しておかなくてはと思っていた。
しかし、段々貯えも底をつき始めてきたので、自分が生きることで精一杯になってきたので死後のことまでできなくなってきた。(>_<)
しかし、それも学びのよい教材となっているから、実によくできている。
  
何でお金がかかるの?
人間がそういうシステムを作ったからでしょ? 葬式ビジネスかな。お坊さんも職業のひとつだものね。(^_-)-☆

お金の要らない世界を目指している私は、そういうビジネスとも卒業したいのだ。

わずが数十年前までは、戦後の住宅難、団塊の世代が大人になっていくにつれ団地がどんどん林立し、核家族化していった経緯がある。そして高齢化が始まり、団地の空き家が増えてきている現実がある。
今や、墓地霊園があちこちに増えていく。かつての団地のように今度はお墓の団地が増えていくのだ。
想像するだけでもすごい光景である。((((-。-))))ブルブル


私は、とりあえず衛生上の問題からも火葬だけはして、それを粉骨にして欲しいと頼むつもりだ。
粉にしてしまえば、そのあとはどのように始末しても一向に構わない。お墓に入る気もないし、水葬だの樹木葬だのそういった儀式も必要なく、お金は最小限に抑えて、誰にも負担が来ないようにしたいと切に願っている。

さあ、お楽しみお楽しみ〜♪


今年になって、思い切って仏壇を処分した。
仏壇は位牌の入れ物だから、入れ物を小さな箱に変えて、仏具も大分整理した。
私の意識も随分変わってきているな〜。
仏壇を処分できたものね。


ほんと、よくできました〜♪\(^o^)/

ふーん、下記のような本も出ているんですね。向学のため読んでみようかしら。*^-^*



葬式も墓も戒名もいらない?自分の葬式を考える本 (Yell books)
エール出版社
大島 正裕

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葬式は、要らない (幻冬舎新書)
幻冬舎
島田 裕巳

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「生き方は逝き方」についてA
「生き方は逝き方」について 私にしては珍しく本を買った。題して「葬式も墓も戒名もいらない」 エール出版社・大島正裕著。1997年6月出版で中古品だったが読めればよいのでAmazonで注文。 ...続きを見る
心のまま大らかに
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クリスマスが過ぎると本当にあっという間に時が過ぎて、今年もあと二日となった。 舌炎も治まって、おかげ様で私も無事新年を迎えられそうだ。 ...続きを見る
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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
同感です。何となくは、要らないと感じていましたがその通りですね。
わたしも要りません。ここに宣言します。
父の葬式をせず、戒名と位牌をつくらなかった母の選択に感謝します。
お墓はあるけれど、他には何もないことがありがたいです。
飯倉片町梅子
2012/08/20 11:36
梅子さん、こんばんは。
コメントありがとうございます。
高齢化社会において今後益々お墓の問題等が起きてくるでしょうね。
ただそうした問題も、本質的なものに気づいていけば、社会の常識とか風潮とかを乗り越えて、もっと身軽に、気軽に、選択できるようになるでしょうね。

枠をはめているのは自分でしかありませんから、いかに制限を外すかということになるでしょうか。
制限外しのゲームはおもしろいですね。そして楽しいものですね♪
氣楽
2012/08/20 22:30
「なるほど」の気持玉ありがとうございます。
共感して下さったようで嬉しいです♪*^-^*
氣楽
2012/08/20 22:34
気楽さん こんばんは

ずっと私の中で気にかかっていたことだったので勢いでトラックバックさせてもらいましたが、表現が乱暴な気がして気になっていましたので先ほど少し修正しました。

死んだら戒名をもらい、葬式をして、法事もして供養をしていかなければならないものと思い込んでいましたが、その考えから抜け出したら、随分楽になったように思えます。

《誰にも負担が来ないようにしたいと切に願っている》

同感です。
子供にも機会をみて話をしておこうと思います。
エンディングノートにも書き残しておかなくちゃ。


本も紹介してくださってありがとうございます。
ひまわり
2012/09/15 01:21
ひまわりさん、こんばんは。
コメント、ありがとうございます。

>表現が乱暴な気がして気になっていましたので先ほど少し修正しました。

拝見させていただきましたが、以前のも記憶にある限り乱暴という印象はありませんでした。

ただ、こういう問題は全ての人が受け入れられるものではないと思いますし、先祖代々のお墓を持ってご供養をされている方ならなおさらだと思います。
どちらが正しいとかではなく、それぞれの生き方に合った選択でよいですよね。

ですので、私のブログでは「私はこう思う」ということで記しています。
言葉足らずであったり、唐突であったり、単刀直入であったりで、時にひんしゅくを買うこともあるかもしれません。
表現することのむずかしさを感じることはよくあることですが、これからもよろしくお願いいたしますね。*^-^*

いつもありがとうございます。
氣楽
2012/09/19 21:55

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