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zoom RSS 映画「NAQOYQATSI」(ナコイカッツイ) その1

<<   作成日時 : 2005/02/22 21:38   >>

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前述の「コヤニスカッツイ」「ポワカッツイ」との3部作で、最後の作品。
今回は、ヨーヨー・マの奏でるチェロの音色がなんとも言えず最高だ。

先ず、バベルの塔の映像から始まる。
バベルの塔は創世記11(人間はみな同じ言葉を話していた。石の代わりにレンガを作り、漆喰の代わりにアスファルトを手に入れた。都市作りと塔を作り、天に届かせようとした。そのことで、神は言語を混乱させ、互いの言語を聞き分けられないようにした)に出てくる。

バベルの塔は、実存(新バビロニアの王ネブカドネザル2世が造ったといわれる神殿で、現在はその基盤の跡しか残っていないが、推定される塔は縦横高さが90Mの大きさの四角錐で7段になっており、頂上へはらせん状の階段に設けられていた)しているというが、それがこの映像なのか・・・
それから映像は重ねられて廃墟と化した大きな建物の中へと入っていく・・・・
この映画は説明が一切ないのが特徴で、場所・建物・人物・出来事・年代等々、知識のない者には分からない。それを知ることが重要ではないので意図的になっているように思う。
けれど、始めがバベルの塔で最後は現代であるのだから、この映像は非常に印象的だ。
音楽は、目を閉じて始めから終わりまでじっと耳を傾けて聴くのも大変すばらしい。


例によって、映画の最後に

                  N A Q O Y Q A T S I
                na−qoy−qatsi : ナ・コイ・カッツイ
                (アメリカ先住民ホピ族の予言の言葉)

                  1.  互いに殺しあう命
                  2.  日常と化した戦争
                  3.  文明化された暴力

とあった。
今までの価値観からでは、なかなか捉えにくい作品かもしれないが、3作を通じて感じるのは、人類の過去の歴史を全部一気に辿り、それを超えていくための、新しい時代への扉であるとも感じる。
それは、銀河の贈り物である「テレクトノン」にも重なるし、今の時代のエネルギーを示唆しているものと実感する。
そして今までの価値観、映画のイメージからしたら、こんなにつまらない退屈な、わけの分からない映画を、よくぞ24年もかけて制作してくれたと思う。*^-^*
監督は、意図して作ったのだろうが、それでも始めからこんなに長期にわたっての構想ではなかったのではないか・・・きっと、作っている内に、アイディア、イメージ、ヴィジョンが脳裏にそれこそ映像としてパッ!パッ!と浮かんだに違いない。
だからこんなすごい映画ができたのだと思う。それにつき合った製作スタッフもそれだけの感性を持っていたのだからこれまた驚きである。特に音楽を担当したフィリップ・グラスは素晴らしい。 

監督は、この3部作をひとつにまとめたいと語っていたが、果たしていつ、どんな作品に仕上がるだろうか・・・3部を一気に見るのは、きっと辛いだろうし理解するのも困難だから(監督自身も言っている)ひとつにまとめて是非公開してほしいと思う。

例によって、インタビューの紹介を。

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
作品が生まれたきっかけ  監督/脚本 ゴッドフリー・レジオ
 長年ストリート・ギャングと接して、私の考え方が次第に変わってきた。彼らのようなはみ出した若者たちに気づかされたんだ。人間の本来のあり方に反しているのは・・・むしろ社会のほうではないかと。映画でならそれを伝えられると思った。

作品構成について
 本作品にいわゆる脚本はない。前作のコヤニスカッツイもポワカッツイもだ。この3部作にはせりふが存在しないんだ。私のスタイルは劇作法に近い。よい作品に仕上げるには何が必要かを考えて、そういう方法を編み出した。

作品に秘められた狙い
 通常”消費”や”豊かな生活”といったイメージは、我々の住む世界に壁紙のように存在している。毎日目に入るし、人生の背景に調和しているように見える。この作品の狙いはそういう固定したイメージの再配置だ。イメージが自ら位置づけを行えるようにしたかった。それぞれのイメージを規制の枠に閉じ込めないようにした。

イメージの役割
 イメージは、どこでも存在し、神のようなものになっている。それが現在のイメージの役割だ。時に真理であり、事実であり、場所や思想でもある。イメージは、もう政治や宗教の分野だけで重要視されるものではない。あらゆる場所に存在している。屈辱的な言葉や真実言葉だったりもする。イメージはさまざまな役割を持っているんだ。

製作過程での共同作業
 この複雑なプロジェクトを理解するのは難しい。私自身も恐らく他の人たちもね。大変な作業だが、共同製作ならうまくやれると思っていた。私にとってプロセスとは人材だ。それぞれが適所で力を発揮し、息の合った仕事ができれば自ずと作品は完成する。今回充実した共同作業を体験できて幸運だったよ。


製作総指揮/スティーヴン・ソダーバーグ
 未体験の映像を前にして、拒絶反応を示し、監督の悲観をする人もいるだろう。私はそんな態度をとらない。この作品の芸術性に対し、心を開き正面から向き合う努力をしたい。

監督:もはやテクノロジーは我々の社会や経済、宗教、戦争、文化の基盤です。テクノロジーは我々の新しい環境なのです。その進化を追求した結果、我々の日常は、戦場を超えた”戦争”と化したのです。

スティーヴン:ナコイカッツイは提供するだけでも意義のある作品です。たとえ理解を超える映画だとしても、理解の限界を知る事こそ重要です。本作品は誰もなし得なかった、未知なる次元の映像化に挑み、その限界を拡げようとしている。素晴らしい試みだと思う。


プロデューサー/ローレンス・トゥブ
3部作の役割について
 「カッツイ」3部作は我々が生きているこの世界を、宇宙からの視点で眺めることができる映画だ。我々は現実と自分を一体化して認識しているが、その2つを切り離した見方をすることも可能だろう。

作品にこめられたメッセージについて
 「ナコイカッツイ」を観た人が、地球への想いを言葉で表せるようになればいいと思う。ひとりの力で世界を変えられなくても、徐々に意識を変え、認識を促すことはできるはずだ。


プロデューサー/ジョー・バーン
製作過程での挑戦
 関係者一同で製作現場を下見した。監督は離島のような環境が必要だという。四方を壁に囲まれ、我々だけで占有するような場所だ。さらにこの作品用に特別な機材を注文すると言い出した。話を聞いて技術的に相当な挑戦になると思ったよ。

作品の中でのテクノロジーの役割
 テクノロジーが人間にどんな影響を与えたのか。テクノロジーを駆使して我々が描きたかったのは、イメージ先行型文化の先にある世界・・・それは虚しいゴールなんだ。

この作品が独特である理由
 「ナコイカッツイ」はとてもユニークな作品だと思う。完成に至るまでいろいろな可能性を試す必要があった。この作品は比喩的な描写が多い。個々のフレームもそれらの組み合わせも、可能な限り高いレベルで表現しなければならなかった。


編集/ビジュアル・デザイン    ジョン・ケイン
作品の魅力
 メディアに接したらそれをいかに解読するか。そこがおもしろい点で、この作品はそういう経験を与えてくれる。社会の物事を解明しながら同時に謎を投げかけるんだ。それがこの作品の大きな魅力のひとつだと思う。

ゴッドフリー・レジオ監督の仕事
 最初に監督は進行方法をオードマップで示してくれた。”もっとよい方法があれば手順を変えても構わない”。その言葉を聞いたとき、これは絶対にうまくいくと思った。最終的には彼が書いたとおりになったけどね。見事なものだ。

作品の意図
 この作品には真実が詰まっている、真実といっても実際は我々が構成したものだが、アイディアはさまざまな形で捉えることができる。観客は自分の視点で自由に考えればいい。人生と同じですべては目の前のあり、自分の選択で必要なものを取り込んでいく。それこそがこの作品の意図だと思う。

イメージの選択
 作品の中のイメージは、神聖の絵のようなものだ。それぞれのイメージは組み合わせなくても単独で意味を持っている。軍隊を表現するなら銃を持つ手より、兵士や戦車そのものを見せるべきだ。これはモンタージュじゃない。ショットの積み重ねが意味を作るのではなく各ショット自体が意味を持っている。

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