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zoom RSS 待っていた年賀状

<<   作成日時 : 2006/01/04 22:49   >>

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今年も沢山の方から年賀状をいただいた。どの方からの一枚もそれはそれは嬉しいものだが、中でも今日ポストに入っていた一枚は、待ちに待った一枚だった。
その一枚が届くか届かないかで、その方の安否を判断するしかなかったからだ。

それは、一昨年末我が家で一緒に食事をしようと約束をしたまま、音信不通になっていた友人からのものであった。
約束の時間に遅れても必ず連絡があるはずなのにそれもなかった。
当時、もしかして倒れて入院したのではないかと予感するものがあったが、昨年、年賀状が来たことで最悪の事態は免れたのだと言うことだけは確認していた。
お互いに自分に何かがあったときは、音信不通になる身の上であるからして、いよいよそのときが来てしまったのかと思ったが、一先ず安心した。
けれど、その後何度電話してもつながらなかった。
3ヵ月後、またしばらくして電話。更に数ヵ月後と・・・
それはもう、入院しか考えられない事態だったのでそろそろ退院する頃かなと思うと、確認のために電話した。それでもいつもつながらなかった。

昨年末、友人宛てに年賀状を書いた。けれど、彼女からは元日になっても2日になっても届かなかった。ようやく待ちに待った年賀状がポストに入っていたのだから、ほっと一安心だった。
そこで、思い切って電話をしてみた。
トゥルルーン、トゥルルーン、トゥルルーン、10回、11回、12回・・・・20回目あきらめて電話を切ろうとすると「・・・・またお電話ください」という留守番メッセージ。
一度切ったものの、「居る!!」と思ってもう一度電話する。
トゥルルーン、トゥルルーン、トゥルルーン、3回目、見事につながった!!

「もしもし、Oさん?私、気楽です。わ〜良かったわ。つながって・・」
「あー、ご無沙汰しています。なんてご挨拶してよいか分からなくて言葉が出てこないんだけど・・・・・」(笑い声)
「あー、本当に私もそうだわ。ほんと、なんてご挨拶したらいいか・・・でも、こうして電話が通じて声が聞けて嬉しいわ。電話してよかった〜。実は今日年賀状をいただいて、思い切って電話してみたの・・・・」(笑い声)
「それじゃ、今何回も電話鳴らしてくれたの気楽さん?」
「そうなの。電話に出るまでに、きっと時間がかかると思ったから、ご迷惑かと思ったけれど20回まで待っていたのよ。そうしたらメッセージが入って切れたので、もう一度かけてみたの」
「そうだったんですか。今、電話とろうと思ってやっと電話のところへ来たんだけど、切れちゃって、メッセージが入っているなんて知らなかった」
「今、話をしても大丈夫かしら?寒くはないですか?」
「大丈夫です」

やっと事情が分かった。
それは、私が思っていた通りで、一昨年脳梗塞で倒れて入院しリハビリにも励んで、ようやく昨年末に退院したのだという。入院すること1年。その間誰にも連絡することさえできなかったそうだ。
それもそのはず。友人は息子さんと一緒に暮らしているが、息子さんは朝早くから仕事に出て遅くに帰ってくる。その間に友人は倒れたのだが、そのまま身動きもとれずに2日間ほど放置されたままだったのだ。息子さんはただ寝ているのだと思ったらしく、そのまま仕事に出てしまったようだ。
そしてようやく息子さんが異変に気づき、お姉さん(友人の娘)へ連絡して、かけつけた娘さんが救急車を呼んで入院させたのだという。
普通ならもう助からない。助かっても言葉も思うように話せないだろうし、右半身不随で回復は難しいと言われていたらしい。入院しても手術とかの外科的処置はされなかったようだ。
症状が落ち着いてようやく、リハビリにこぎつけ、やっとの退院であったのだ。

当然、体には不自由さは残っている。食事の支度などはできないので、娘さんが用意してくれて1週間分ほどまとめて冷蔵庫に入れておいてくれるという。娘さんも体調が思わしくないそうだが、母親のために毎週通ってきてくれるという。息子さんもとても優しくなったという。

良かったね良かったねと私。友人(とは言え私よりも13も年上の方であるが)は、
「いやー、良かったのかどうか。いっそあのまま連れて行ってくれればよかったのにと思ったりもする。もう何にもできないし、迷惑かけるばかりだし、生きていたってどうしようもない・・・・」という。
「あらー、そんなことないわよ。今だからこそやっとできることがあるわ。今だからできるのよ。*^-^* 」
「ええ!それって何?」
「だって、あのままでは逝くに逝けなかったでしょ?やることをやらなければ。あのまま逝ってしまったら大変なことだったわ。*^-^*」

幸い、友人は普通に話すことができて理解もできる。話すことだけは今までと何ら変らない。
そして、不自由になってしまったにも関わらず、笑いながら話に応じているのだ。
なんて素晴らしいのでしょう!!
「Oさん、その笑い声、その笑顔とっても素敵よ。どんな状態であっても生きている限り、誰でもできることがあるわ。・・・・それはね、自分の中を観て、自分の中の大掃除をすることよ。お磨きお磨き。
心を空っぽにすること。ね、今だからこそできるのよ。素敵なことでしょ!?」
「そうか・・・やること残っていたのか・・・」(笑い声)
「そうよ。良かったわね。これから始まるのよ。*^-^* 」
「そっかー。これから始まるのかー!」

いくら話しても話は尽きない。やっと元気が出てきたようだった。

そして、ひとつだけ約束をしてくれた。
それは「ごめんなさい」でも「申し訳ない」でも「すみません」でもなく、「ありがとう」という言葉で気持ちを表すこと。
娘さんにも息子さんにも「すまない」ではなく「ありがとう」と・・・・
親に、すまないすまないと言われるよりも「ありがとう」と言われることが、どんなに嬉しいことか。どんなに素直に喜べることか・・・・
そして、もうひとつ大事なこと。それは、すまない、申し訳ないと言うよりも「ありがとう」という言葉のほうが、嘆きも愚痴も何もないからだ。すまない、申し訳ないの裏に隠れている心・・・。
嘆いても始まらない。愚痴ったからといって何も変らない。卑屈にならないように、真っ直ぐ前を向こう。
「ありがとう」は無条件の言葉なのだ。ただ、ありがとう。ただ感謝。それあるのみである。
お互いに気持ちの表し方が不器用な親子だったのだから、「ありがとう」の言葉が一番深いところで感じあえるはずなのだ・・・

なんだか、とってもうれしい。電話に出てくれてありがとう。笑って話せたことがとっても嬉しい。
あなたの笑い声が、笑顔が周りを元気にさせるよ。あなたがそこに居るだけでいい。
それがあなたの役目。何もできなくたってできないことでできることがあるんだね。
これから始まるのよ。新しいあなた・・・ あなたの観自在。やってみよう!!*^-^*
また電話しますね。笑えるって素敵なこと。もっともっと笑って楽しく過ごそうね♪*^-^*

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