心のまま大らかに

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zoom RSS ボーダレスの世界

<<   作成日時 : 2006/12/16 22:37   >>

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ボーダレス。境界のない世界とは一体どんな世界なのだろうか。
最近の神示で「魔物たち、いよいよみなみな出て来たのう。結界も無くなって来ておるのじゃぞ。」「鳥居は要らんぞ。結界は要らんのじゃ。」等々結界に関するものが出てきている。

ここで言う「結界は要らない」は、既にそういう時代に入っているということである。
それで思い出したのが、もうずい分と前(平成9年春)のことであるが、私のホームページに記した、

不思議な体験(7)
〜〜〜名古屋国際会議場・破れた結界〜〜〜


である。これは、私が法の華の支部長を辞めた直後の大会でのことで、まだ仲間にもそのことは公表されていなかったときのことである。だから、支部の班員も、仲間の支部長も当然、私が会場へ来るものと思っていた。姿が見えないので「辞めた」という話がちらほらと流れ始めたようだ。
私は、この記事の中に出てくる、某氏が勝手に「天行力」と称してパワーを流すという行動をとったことを知って、直感的に「結界が切れた」「結界が破れた」と思った。某氏はある程度影響力を持っていて、某支部はその影響を受けていたし、他支部の人も関心を持つようになっていた。
当時の法の華はそれ以外にもいろいろおかしな行動をとる人がいて、勝手放題だったからもともと結界などなかったのかもしれないが・・・

で、結界が切れるとどうなるのか?
それは、修行や修法のために一定区域を限り、区域に仏道修行の障害となるものの入ることを許さないことであるからして、そういういわば壁が壊れたことで、魔界、魔性のものが自由に出入りできる状態になったということになる。結果その修行や修法が成就しないか、成就することが困難になるだろう。

数年前のことであるが、ある催し物でオーラ写真を撮ってもらったときに、「心をオープンにしすぎる。無謀である」というようなコメントを係りの人にいただいたが、無謀も何も心を開かなければ、自分を解放することが出来ないではないかと笑ってしまったが、私自身はもうほとんどボーダレス状態である。つまり、分離意識から相当の部分で解かれている。
そういう意味でも私自身は結界は組んでいない・・・・
取り敢えずなんでも受け容れである。もちろん、その後の取捨選択は当然自分で決め、その結果も自分で受け止める。

最近、ブログ、掲示板、メール等あらゆる手段で中傷誹謗のコメントをいただくが、これなども結界がなくなっていることの、結果を見せられているような感じがする。
挨拶もなく、我が物顔で、まるで自分の家かのように、好き勝手なことを言って恥を知らない・・・大人がやる行為とはまったく考えられない行為にいう言葉がない。
それが、どうやらどこかの宗教を信じている人たちの行為なのだから、宗教の世も末というものである。これが、仏魔といわれるものの世界である。九分九厘の世界である。・・・

人が何を信じようが、信じまいがそれぞれの勝手である。
私が無知だから教えてやっているんだと言っているが、無知の者が無知な者へどう教えようというのか?まあ、ご自身のことも「無知」であると認知しているようだが、本当のところはそうは思っていないようだ。本当に認知していたら説法だなんて、どこから出てくるだろうか?
無知=無恥なのかも?とふと思った。これは相手のことではなく鏡として見えたものである。

どうか我が物顔で、コメントを書くのは迷惑なのでやめていただきたい。
人が迷惑(私に限らず)していることにも、気づかない無神経振りには、どう考えてみても仏道修行者とは考えにくい。
批判も非難も一切必要ない。ただただ、己を知ることにお互いに専念すればよいのではないのか?

以下に「天の日月の神 『は』の巻」を一部抜粋して掲載する。
信じようが信じまいが、黙って読むことをお勧めする。
分かる人には分かる。分かろうとしない者には神意は読めないでしょうが、いずれにしても、私のホームページ、ブログ、掲示板、等々で「天の日月の神」を知り、これほど過激に縁ができているのは確かなことである。*^-^*
そう。わたしを通してでなければ縁のなかった人たちなのかもしれないね。
改心すれば、にっこり握手などということもあるかもしれない。*^-^*
文句を言わずに、声を出してすべての神示を読んでみたらよい。
これは、宗教ではないのだから、何を信じている人でも何も拒まないし、よく読めば分かるはずである。
ただし、頭で読んでは分かるものも分からないだろう。心で読んでいただきたい。

ボーダレスな時代。結界が解かれた時代。
個も全体も、どちらも結界が解かれ始めている時代。この意味は深い・・・
何が始まっているのか、今までの価値判断では到底理解できないだろう・・・

さて、一体これから何が始まるのだろうか?
それぞれの掃除次第。どれだけ掃除が出来ているかで見える世界も変わってくるのだろう。
たのしみたのしみ、うれしうれしの世界である。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
生かされて居ること、まだ気付かぬ人民、手当たり次第に我のものとして壊しておるなれど
後で泣いても喚いてもどうにもならなくなってしまうから、神こうしてくどう申して居るのじゃぞ。
本者か、偽者か、議論はもう要らんぞ。そなたらは、みなが滅んでも議論しておるぞ。
誠判らんものいくら議論しようとて誠理解出来んぞ。

すなわち、神愛すること出来ぬ者、神申す言葉聞けん道理じゃなぁ。
素直に改心致されよ。人民の智では、どうにもならん所へと移って来ておるから脅しではなく教えておるのじゃから苦しみ理解して下されよ。人民苦しみ事、神苦しむ事ぞ。
神は、喜びであるなれど、苦しみともなるぞ。
知ってもらい、改心してもらい、生まれ変わるには、苦しみも伴わねばならんことあるのじゃから誰も彼もみなみな手繋いで、助けおうて心して歩まれよ。
うれしうれしたのしたのし変われるのじゃから、何事も心持ちぞ。
魔物たち、いよいよみなみな出て来たのう。結界も無くなって来ておるのじゃぞ。
神人、手柄であったぞ。今しばらく苦しいなれど、それぞれ因縁だけ苦しむから みなみな喜び変わられるから、益々うれしうれしの歌、歌えよ。うるうるう。
これ、みな大神の御仕組み。誰にも判らん御仕組みじゃ。
どうにもこうにも手つけられんようになって来て居るから、どうすればよいか。判るか。
鳥居は要らんぞ。結界は要らんのじゃ。神々様、みな御姿変え御働き下さります時ぞ。

いよいよ、びっくりじゃなあ。うれしたのしじゃなあ。
あっぱれあっぱれ神々様、弥栄ましませ弥栄ましませ。
みなみな、お喜びじゃ。お立替下さりますぞ。人、入物となりて、いよいよ立替致されよ。
己の改心、掃除洗濯出来たら、大神様に御願い申してお役頂けよ。いくらでもお役ありますぞ。
お役取り得じゃ。うれしうれしたのしたのしとお暮らし下され。難なく大峠越せますぞ。
うっちゃり致す御仕組み。たのしたのしじゃ。

神々様、霊人殿共々、この世の立て替えに御降りなさられ総活動じゃ。
いよいよめったにない時訪れましたぞ。
魔物もみなみな改心させスックリ救うから素直に致されよ。

あいすること。うれしうれしじゃ。たのしたのしじゃ。

うるうるう。おろおろお。もにふくし、あいにしたうよとなった。

2006年12月7日 天の日月の神 艮の金神 うるうるう



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コメント(10件)

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存在しない神の戯言、無用でござる。

説法
2006/12/16 23:20
あいすること。うれしうれしじゃ。たのしたのしじゃ。

今日も仕事場では寂しい日でした。私の不徳の致すところですが、今、私の出来ることしか出来ません。悲しいですが。

でも、帰宅の途中で、一つの出会いがありました。

ある方を、その方の家まで送って行きました。初めてお会いした方です。
事情があって、一人では歩いて行けない状態でした。
私の肩をかして、歩いていただきました。
近くにいた男性の方が見守ってくださいました。

その方が、「なんで、こんなにみなさんは優しいの」といいながら、私の胸に顔をうずめて、泣きました。


話は変わりますが、

「あなたは私。私はあなたよ。」といってくださった方に。
私はその方の心に触れた想いがします。

手をおかした方から、私は大きな喜びをいただきました。
そこにいらした方は私の姿でした。

目の前にいる人。もしかしたら、私と同じよう想いをしている方々なのでしょうか。
姿形は違ったとしても。

私の方こそ、ありがとう。
どうぞ、心安らかに、そして、明日また元気でお過ごしくださいますように。


真子
2006/12/17 00:34
氣楽様こんにちは  精神世界ではアセンションとか次元上昇といってることが書いてあるのだと思います。今は3次元と4次元が重なってきている時期なのだと思います。人間は乗り舟なのでどんな波動つまり意識で暮らすかで体験の世界が決まります。心のままに自分と同じ波動のものを引き寄せています。すずめはすずめとからすはからすといっしょになります。


意識こそ本当の自分です。生きたまま死んだ世界を体験するような世界に変化
してきてるのが今だということだと思います。
うれしうれしに生きることは最大の守りになります。感謝に生きることはわたしはあなたそのものの世界へと繋がります。


けやき
2006/12/17 11:25
続きです。
天明さんの日月神示で仏魔と書いてあるのは仏教を広める過程で方便として民衆に地獄を
といた人間をコントロールしていた存在のことを言ってるのだとおもいます。ないはずの地獄をたくさんの人間が信じたために幽界に作ってしまったのではないでしょうか。地獄を説かせた存在にとって人間の恐怖 恐れはとても欲しいエネルギーだったのだと思います。おかげで地球の周りに厚く重い苦しみの波動があるようです。

今も世界は恐れの波動でコントロールされていると思います。
もう今までの宗教の時代はおわりました。二元を説いてる限り世界は彷徨い続けます。正義を説くためには悪がいります。善は悪なしには存在できません。
ここをどう超えて意識の変容に行くか蛹から蝶に変身するかしないかすべての選択は自分にのみあります。自分で選ぶのだとおもいます。誰かにすがりつくのは
終わりです。長い長い依存心の時代を通ってやっと自分の体験に自分で責任をとる時代になったのだと思います。



けやき
2006/12/17 11:29
長くてすみません。
人間を作った至高の存在は人間がこの荒い波動の世界を卒業するのを果てしない時間待っていてくださるとおもいます。そして今がその時だと思います。
こういう場を設けていただいてること感謝しております。どうか閉鎖なさらないでくださいね。わたしも神人さんの神示ここにこなければ知りませんでした。
理解したとき皆様深く感謝なさると思います。

けやき
2006/12/17 11:32
おひさしぶりです。

数日前にコメントを入れようとしたら、数回うまくいかなかったので、おとなしくしていました。
氣楽さんのおっしゃることが、自然に心の中に入っている(注:「入って来る」ではありません〈笑〉)ように感じる、ということを書き込みたかったのでした。


「ひとつ、みな話しをせんでも互いに思うておること判るようになるゆえ口謹んで心拡げてくだされ。」

このことの型示しだったのでしょうかね。
いつもありがとうございます。
有我
2006/12/17 18:22
真子さん、こんばんは。
お久しぶりですね。*^-^*
今直面していることに向き合うことでいいのですね。それが今のお仕事ですね。だから不徳だからではないですよ。

見ず知らずの人への、優しい思いやり。
喜んでもらえてよかったですね。
人の喜びが真子さんの喜びになって返ってきたこと。心がどんなにか温かくなったことでしょうか。よかったよかった!!(^O^)v

なんだかね、あなたのコメント読んでいて、胸にこみ上げるものがあって、抱きしめてあげたくなっちゃった!*^-^*
本当に不思議ね。離れていてもやっぱりつながっているなあと・・・
氣楽
2006/12/17 21:28
けやきさん、こんばんは♪

>今も世界は恐れの波動でコントロールされていると思います。

そうですね。恐怖心と不安。これが自分を解放できない大きな原因ですね。
手放してしまえば、恐れも不安も何一つなくなるのにです。

>もう今までの宗教の時代はおわりました。二元を説いてる限り世界は彷徨い続けます。正義を説くためには悪がいります。善は悪なしには存在できません。

そうです!!そうなのですよね!!ヾ(^▽^)ノ
このことを、こういう公の場で仰ってくださる方が出てきてくださり、大変嬉しいです。これって、案外勇気が要るものなのですよね。
ほとんどの人はまだまだ口にチャックですから。*^-^*
氣楽
2006/12/17 21:53
続きです。
>ここをどう超えて意識の変容に行くか蛹から蝶に変身するかしないかすべての選択は自分にのみあります。自分で選ぶのだとおもいます。誰かにすがりつくのは終わりです。長い長い依存心の時代を通ってやっと自分の体験に自分で責任をとる時代になったのだと思います。

そうですね。今までやってきたことへの総決算。すべては自己責任ですね。
なんと素晴らしい時代でしょうか!!
私たちは、卒業するために今という時代を選び、生かされているんですね。
本当に有り難いことです。感謝感謝ですね。
ブログ、閉鎖するつもりは全くございませんからご安心くださいね。*^-^*
お気遣い、ありがとうございます。<(_ _)>
氣楽
2006/12/17 21:54
有我さん、こんばんは♪
>数日前にコメントを入れようとしたら、数回うまくいかなかったので、おとなしくしていました。

どうもご迷惑をおかけしまして、すみません。
迷惑投稿の影響だったかもしれません。あまりに読むに耐えないものは、削除削除でしたから。*^-^*

>「ひとつ、みな話しをせんでも互いに思うておること判るようになるゆえ口謹んで心拡げてくだされ。」

このことの型示しだったのでしょうかね。

*^-^* さあどうだったでしょうかね。有我さんがそうお感じになられたのならそうなのでしょうね。
早くそういう日が訪れますように、私も慎まなければとよく思います。*^-^*

「ひとつ、世の為よく働きよく笑いよく愛しおうてうれしうれしとお暮らしくだされ。」

本当にこれが一番かと思います。こんな至福なことはないですからね。
以心伝心が確実になるまでは、もう少し会話も楽しみましょうね♪
「天の日月の神」には、まだまだ課題満載ですね。頷くことばかりです。
氣楽
2006/12/17 22:07

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