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zoom RSS 「おまじないの言葉」について

<<   作成日時 : 2007/08/27 21:44   >>

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おまじないの言葉」について
「大丈夫」というおまじないの言葉の効果は絶大である。と、締めくくったもののコメントにも書いたようにそんなに簡単なものではない。単なる気休めとまでは言わないが、それで解決するならとっくの昔に治っているはずである。

では何故?
私は一体何を掴んで放さないのだろうか?
ここが解けなければ先にはいけない気がしていた。


ある日夢の中で、体に近いオーラの層に、灰色の雲のようなものが体全体を包んでいるように見えた。暑くて体が熱を放射しているのに、もやもやとした雲のようなものに遮られて、熱はどこにも逃げ場がなく、ムンムンとしている。体はだるく重苦しい・・・
夢の中とはいえ、とてもリアルだった。目が覚めてあれは何だったか?と思い巡らした。
もしかしたら、これがオーラを遮ってエネルギーがスムースに流れずなかなか良くならないのかもしれないと思った。

その後BLのときにそのことを話したが特にそれがどうだということもなく過ぎた。
施術後、痛みが改善されず動けない私に「うーん、どういう経路で治そうとしているんでしょうねえ」と言われたことが心に残った。決して施術者のせいでもないし、私のせいというのでもない。
体(細胞)は、最善を選んで修復していくのだから細胞にお任せするしかないのだ。

そうこうしているときに掲載されたのが、前出の≪病気は「病む」気、それとも「止む」気?≫だったから自分のことだと思った。そこには施術者に対しても

ボディ・ライトニングは、本人の気(オーラ)を循環させるだけ。「病気治し」じゃあ、ない。
 ボディ・ライトニングを学ぶ時に、気を付けなければいけないのは、「病気を治せるのは、どこまでいっても本人だけ」ということを決して、忘れない事。
 そして、その人が「掴んでいるモノ」を注意深く観察することだろうね。
 時に、人は、病気自体を掴んでしまって、放さないこともあるから……。

とあった。そして、なかなか良くならないケースは非常に稀だとも書いてあった。

そう。私の場合昨日今日でなった病気ではないのだから、治るにもそれなりの時間を要することは理解している。いくら意識次第と言ってもである。病気自体を握って放さないのかどうかは分からないが、治そうと真剣に思っているのは事実である。
ああ、こういう言葉もある意味でプレッシャーに感じてしまうほど、良くならないどころか厳しい状況に日々追い詰められている現実がある。


その後の施術の日、≪病気は「病む」気、それとも「止む」気?≫について話題にした。
痛みに対する恐れを握っていた可能性があったことや、おまじないの話等々、それでも何かしっくりこないことなど・・・
不覚にも涙が溢れ出た。
「おお、何なのよ、人前で泣くなんてさー!!」と自分に言ってみたものの流れ出した涙は止まらない。情けないけど仕方ないね。いつも泣きたいときに泣けずに我慢してきてしまったのだから。堰を切ったようにという言葉どおり泣きたいだけ泣けば治まるだろうとそのまま自分に赦した。

それは、いつも人に頼りにされ、人の悩みを聞き、相談にのったりして、自分のことは常に後回しにしてきた付けでもあったと思う。
不思議だね。ひとは私を見て悩みなんかひとつもない人と思っているようだ。現実的には病気以外は何も問題はないが。

この間も、何年か前に入院した時に同室だった人から電話があったが、私からは少しでもネガティブな言葉は聞きたくないのだという。いつも明るい笑顔を振りまいてみんなに勇気を与えてくれる存在でいてくれなけれは困るというのだ。それも自然体でだ。
ひとの何倍も困難な障害を持っていながら、めげずに屈託なく笑っている姿に人は励まされているのだから、元気でいてくれないと周りも元気を失う。それが怖いという。
実際に、前回電話をいただいたときに私は余り体調がよくなくてそのことを少し話したようだ。そのことが彼女を恐怖に陥れたという。

( ̄~ ̄;) ウーン、確かに仰ることは分かるのだが・・・
思えば、これは今に始まったことではない。子供のころからそうだった。
両親も「この子はしっかりしているから・・・」と、私を案ずることはなかった。特に父は私に人生を語り、苦労話もよく聞かせた。ただただ黙って聞き役であった私は父にとってよき理解者だったから支えにもなっていたようだ。
友達にしてもどちらかというと私はいつも悩みを聞く側にいた。

だから、いつも自分の悩みを誰かに打ち明ける機会に恵まれず、自分で乗り越えるしかなかった。泣いている暇なんてなかったよ。泣きそうになっても「泣くな!」のひと言で我慢するしかなかった。
そのせいか、自分のことで弱気になると意気地のないところもあって情けない姿が表に出てくる。
ひとはそういう私を見たくないようだ。

涙はある程度出たところで私がその蛇口を閉めたが、またいつか勝手に蛇口が開いてしまうかもしれない。私はそれを自分に赦すことにした。


これら一連のことで、私は自分のルーツを知りたいと思い始めていた。・・・
そんなときに、友人から以前からブログを通して知っていたひとのヒーリングの紹介があった。
あらためてブログを拝見し、これは守護霊様からの薦めのように感じた。

過去を棄てて(手放して)新しい時代に移行するために、源を知ることが必要な気がしていた。
こんなことも初めての思いだった。
私は導かれるままにコンタクトをとった。
「おまじない」だけでは乗り越えられないから。*^-^*
勿論、これは後戻りでもなんでもない。私にとって大きな前進だと思っている。


本当に転換期には予想外のことが起きるようだ。それをどう捉えるかは直感に頼るのが一番と思う。

さて、どんな結果が待っているだろうか・・・。*^-^*


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どうにもならないことって確かにあるよね。
意識は現象化する。この世も私たちの集合意識が作り出したもの。観自在と言う言葉があるように、私たちは自分が観(思)うがままの自由自在な世界に生かされている。 しかし、そうはいうものの現実には、本当にそうなの?と疑いたくなることもあると思う。 ...続きを見る
自由気ままに
2007/09/04 22:33

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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
氣楽さん、おこんばんは〜^0^
うーん、そういうこともあるんですね〜→「元気でなければ困る」ってとこです。
私も「悩みあんの?」とよく言われますが・・・(笑)でも私は氣楽さんが時にはああ〜ちらい(つらい)わ〜、みたいな内容を言ってくれた方が、安心というか、聞いている側としても気張らなくていいから・・・(笑)

それぞれの心の奥にはいろんなことがあるから、自然体でいいと思いまふ。
chiho
2007/08/28 00:42
chihoさん、こんにちは♪

>うーん、そういうこともあるんですね〜→「元気でなければ困る」ってとこです。

うふふ。本当にそうなんですよね〜。
もう6年ぐらいまえのことだけど、私が入院する前日に入院した方でとても体格も良くて元気そうな人だったのね、そのひと。
片や私は車椅子でベッドへ乗り移るにも大変で、でも何とか工夫してひとりでできる方法をみつけていく。

お部屋の人とも親しくなっていく中で、その人が胃がんで手術するために入っていることが分かったの。
私はというと、末期がんで術後1か月の夫が毎日欠かさず見舞いに来る状況で夫婦してにこにこ穏やかに会話を楽しみながらの入院生活だったのよね。夫はまだ抜糸もできていなく毎日消毒のため通院も欠かせなかったけど、午後にはいつも顔を出してくれたのね。お互いに顔を見るのが安心につながっていたのね。*^-^*
氣楽
2007/08/28 12:41
きっと、彼女の癌に対する恐怖心は凄いものがあったと思うけど、言葉でなく本当に勇気付けられたのでしょうね。自分よりもっと厳しく辛い状況の中で、どうしたら屈託なく笑っていられるのだろうと。・・・

その後、彼女は胃の全摘手術を受け、一気に体が3分の1ぐらいに痩せて皺皺になっちゃったの。
退院後もときどき主人と三人でお茶したりしたけど、彼女にとって私たちが元気でいることが自分もまだ大丈夫という安心につながっていたのね。

苦しみは、やはり体験したものでないと分からないから、私が笑顔でいることが無言の説得力につながるのでしょうね。*^-^*
かといって、無理に作った笑顔はすぐ見破ってしまうから、天然の笑顔を要求されてしまうのです。太陽のようにね。*^-^*

期待しすぎよーって笑っちゃうけど、でも、そう思ってもらえることは嬉しいし、気づかされることもあってありがたいことです。
そういう中で私は鍛えられているのかもしれないし、自分を解放していく課題があるんですね。
はい、自然体でp(*^-^*)q がんばっ♪ でーす!!
氣楽
2007/08/28 12:41
何かシンクロしてますね〜。→「元気でなければ困る」ってとこです。(笑)

僕は今日、自分の氣に入ったあなた(僕のことです)でないと困る、と人から言われました。
僕は、「僕のことを氣にいるか入らないかはあなたが自由に決めることだからそれでいい。僕はそのこと自体は氣にしない。僕の立場であなたに対してすべきことをしているだけだ。」と言いました。
幸い、その人は納得してくれたようでしたが。
毎日お勉強です。

いつもありがとうございます。<(_ _)>
有我
2007/08/28 18:35
有我さん、こんばんは♪

確かに、有我さんも笑顔がとても素敵ですものね。柔和で周りを和ませる雰囲気を持った方だから、安心を与えるのでしょうね。*^-^*
受け取る側は、自分が一番気持ちいいエネルギーを受け取っているので、勝手にイメージを作り上げてくのかもしれませんが、それでいいのでしょう。
周波数が合っているのですから。*^-^*

>僕の立場であなたに対してすべきことをしているだけだ。

確かにそうなのでしょうが、そう言ってしまうと身も蓋もないわけで(笑)、そこには相手に対する思いがあり、相手もそれを受け取り相互に信頼があってのことですね。ありがたいことですね。*^-^*

いついつまでも素敵なドクターでいてくださいませませ。*^-^*
氣楽
2007/08/29 20:42

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