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zoom RSS 生かたは逝きかた

<<   作成日時 : 2007/10/31 17:59   >>

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先日の「ベランダからの訪問者・・・」事件?をきっかけに友人ともいろいろ話し合った。善意ということから、生きかた、看取りかた、看取られかた、そして逝きかた等々に発展していった。

一見重たくなるようなテーマだから何かがなければ話題にすることはないが、せっかくの機会だったし、人間である以上避けて通れない大事なことだと思う。感傷的にならず淡々と話し合える友がいることは幸いである。

奇しくも、昨日は知り合いの訃報を間接的に聞き、今日は友人の訃報を御子息の葉書にて知ることとなった。
おふたりには心からご冥福をお祈り申し上げます。<(_ _)>


御子息からの葉書には、
 「早速お知らせ申し上げるべき処でございましたが故人の遺志にもとづき○月○日身内のみにて葬儀を
  滞りなく相済ませました」
とある。
そして、文末に
 「故人の遺志により 香典の儀はご辞退致しますのでご了承の程お願い申し上げます」と結ばれていた。

誠に友人らしい心遣いである。友人のことはこのブログでも書いていたので、今読み返しても、ほんとうに感慨深いものがある。
http://ckm35289.at.webry.info/200601/article_4.html
http://ckm35289.at.webry.info/200605/article_7.html

あれから何度か電話で話したが、いつしか電話に出ることもなくなった。それでも今年も手書きの年賀状が届き無事の知らせに安堵したのだが・・・
長い人生の旅に幕を閉じられたことは、病苦からの解放であり新たな旅の始まりであるからして決して悲しむことではない。
生前の友人の人生は、言葉で表せないほど壮絶というか波乱万丈というか(これを表して私はユニークな人生というが)、まさに今生において総仕上げを果たすためにあったと思う。

友人もまた、かつては因縁解脱を渇望し宗教の世界に入り、最後には宗教を卒業された。
神様が大好きなひとでもあった。最後は御魂磨き、心の掃除洗濯。お陰様とお互い様の世界。ありがとうに至る道を歩まれた方であった。

お互いに不自由な身となって行き来ができなくなったが、「便りのないのが無事な知らせ」と笑い合った。
今回、ご子息から便りがあって有事を知らされたことになるが、この季節にあって年末の喪中の挨拶ではなくお知らせをいただけたのは、友人の生きかたからしても最後の心遣いであったのだと思う。

最後に我が家でお会いした時の天使のような笑顔。全ての執着から解けて幼子のような邪気のない笑顔をして私の手を握っていたM子さん。私はただただ背中を摩ってあげるばかりであったが、あのときの笑顔が懐かしく浮かんでくる。

どうかゆっくり休んで、あなたの往くべきところへ迷わずに旅立っていただきたい。
お疲れ様 M子さん。またいつかお会いしましょうね。

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生かたは逝きかた−2−
「生かたは逝きかた」について 友の訃報に触れ、逝きかたについて少し呆けてしまったきらいがある。 ベランダ事件のあと友人と話したことは、大騒ぎはしないというところから「孤独死」についてであった。 ...続きを見る
自由気ままに
2007/11/01 23:42

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