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zoom RSS 本当にあるがままでいいの? 

<<   作成日時 : 2008/01/20 01:07   >>

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言葉の持つ力は大きい。どういう意味で使うかによっても全く違った結果を齎すものである。
そして錯覚。取り違いするととんでもない堂々巡りを余儀なくされてしまう・・・

ひと頃「あるがまま」という言葉がもてはやされた。何処へ行っても「大丈夫。あるがままでいいんだよ」と、何も否定せずそのままを受け容れることに、良しとする風潮があった。
確かに、それは間違いではなく、「あるがまま」の自分を受け容れないことにはその先へ進めない。自己否定ではなく、自己を容認するために「あるがままでいいんだよ」と。

けれど、本当にそれでいいの? それだけでいいの?

想い、想念は現象化するのが自然のなりゆき。つまりは法則である。
だから、何を思うかはとても大切なこと。
「あるがままで」「そのままで」いいのだとしたら、そこからどんな結果を引き出せるのだろうか?
「〜踏まえた上で」という言葉もあるが、「あるがまま」は何を踏まえた上での話しだろうか。
その前提は?
それは、自分の本質を知らず、「私なんて」と自己否定したり、自信が持てず一歩が踏み出せなかったり、人と比べて自分を過小(大)評価して迷子になったり・・・要するに堂々巡りを何度も繰り返している自分に対して、まずは「あるがまま」を受け容れようということだ。

受け容れることで、見えてくるものがある。自分が何を見て何を感じて苦しんでいたのか?
その源を訪ねることができる。ああ、そうだったのか。自分はこういう体験をしたくてこういう生き方を選んだのかと気づくこともある。
そのことによって、がんじがらめに自分を縛っていたものから解放される時がやがて訪れる。
だから、本当に「あるがままで生きる」ことは、素晴らしいことであった。

さて、そういう長い長い道程を経た今、これから先もずーっとずーっとあるがままでいいの?

( ̄~ ̄;) ウーン ??(゜_。)?え〜と?(。_゜)?  
今在るそのままの私って・・・
痛みに苛まれ、病状が少しずつ少しずつ現象的には悪化し、自由に身動きも取れず人の手を借りて生きるしかないぎりぎりのところまで来ている状態。それを受け容れること。あるがまま、ありのまま。それでいいの?

いいえ。そりゃー誰だって痛みから解放されたいと思って当然でしょう。私だって早く痛みからも解放され、元気になりたいと思っているんですよ。今のままを良いとなんて決して思わない。
心身共の自立をめざして歩んできたんですもの。
確かに、病気から学ぶことは多かったし、病気を通し私は多くの気づきをいただき、人から「手放し上手」と言われるぐらい、拘りや執着や自己矛盾を手放し、解放してきたのよ。
病気以外のことならほとんど思い通りに現象化してきたもの。その私が自分の体に関してだけどうにもならないのは何故?情けないよねー。(>_<。)

??????????

病気以外のことは、大抵思い通りに現象化し手に入れているのは何故?
病気だけ思い通りにならないのは何故?

大きな違いは見ている方向だった。これは今更ながら大きな落とし穴だったなあと思う。

病気以外は、真っ直ぐ前。こうしたいああしたいという願望なり、未来を見て引き寄せているのだ。
たとえば、今夜はカレーライスを食べようと思ったとき、目の前にカレーライスを思い浮かべているし、食べている姿や、カレーの臭いまで連想しているかもしれない。そこには、過去は存在していない。過去に食べた美味しいカレーを思い出したとしてもである。


ところが、病気の場合はどうだろうか?
病気になった原因は?
カルマ、業報、因果、自業自得、メグリ・・・と言葉は変わってもすべて過去に目が向いている。
そして、私は宗教の世界にも一時身を置いていたから、そこの教えもしっかり身に染み付いてる。
つまりこうだ。
因縁因果。原因があって結果として出ているのだからカルマである。業の報いとしてあるのだから、それは甘んじて受けるしかない。忍辱(にんにく)の行であるから辛くても耐え忍び、それによって帳尻りをあわせるのだ。分かり易く言えば、事故で手足を切断したのと同じ。どんなに祈っても失った手足は元に戻らない。失うことで過去を清算しているのだから、それを受け容れ諦めるしかないのだ。忍辱行によって報われる。

そう教えられて、どんなに努力しても報われない時は業報だからと、ずっとずっと治るよう努力しながらも現況に甘んじる。そして、もし神々様よりお赦しがあれば病気から解放していただけるのではないかとひたすら待ち続ける。

 ♪私 まーつわ いつまでもまーつわ♪ ヾ( ̄o ̄;)オイオイ

しかし、待っていたって誰も来ないし、神様だって来るわけがないのだよ。
元々、赦す赦さないの世界ではないし、神様だって守護霊様だって指示がなければ黙ってみているだけでどうすることもできないのだから。

「あるがままでいい」と思っている以上、「じゃあ、いつまでもそのままでいなさい。痛くても辛くてもあなたが望んでいるのですから、良く味わってください。しかし、もう時間は残っていませんよ」なーんてつぶやいていらっしゃる。

「元気になりたければ元気になりたい!とはっきり意思表示し元気になった姿を強くイメージすればよいんだよ」の声は、仏魔によって聞えなくさせられている。教えによって洗脳されているので、「意識が現象化する」ことの体験をたくさんしているにもかかわらず、こと病気に関し霧の中で彷徨っている感じだ。まったくじれったい限りだ。
「私は健康!」といくらイメージしても往ったり来たりでうろちょろしている・・・

だから、魔界にも引きずられてしまう・・・陰のエネルギーに支配され、陽のエネルギーが失われていく・・・

おお、やっと目が覚めたよ。もう錯覚からも誘惑にも負けないからね。
「私は、あるがままでは嫌です。痛みも不自由さも、もう要りません。健康になって自分の使命を全うします。後ろを振り返りません。前を見てまっすぐ唯一のこの道を歩みます」

さあ、ことしこそ正念場。成りたい自分に成ります♪*^-^*


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本当にあるがままでいいの?−その2−
「本当にあるがままでいいの?」という問いかけが、最近シンクロ状態で次々と現われてくる。本質なところで観て一度まとめておきたいと思っていたが、なかなか時間がとれずそのままにしていたが、これだけ現象が起きてくるということは、書いて確認せよということなのかもしれない。 ...続きを見る
自由気ままに
2008/05/04 00:44

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
変わる変わる変わる変わる…
「変わる」のが自然(至善)ですね。

「あるがまま」もその言葉をどういう意識で発するかによって意味合いが違ってくるのだろうと思います。氣楽さんのおっしゃるように前向きか後ろ向きかで。

「変わる」のには船井幸雄さんも勧めてますが、ハワイの秘法「ホ・オポノオポノ」が有効だと思います。興味があれば、ぜひ。
http://www.funaiyukio.com/funa_ima/index.asp?dno=200712006
お体を慈しんでくださいね。
有我
2008/01/20 09:25
有我さん
こんばんは♪
いつもありがとうございます。
このお話は、守護霊様から活を入れてもらって、否どちらかというと「喝!」。こちらの方が近いですね。*^-^*
もう、歯がゆくて歯がゆくて見ていられずお出ましになったのです。10日の出来事でした。大きな大きな後押しでした。

意識の使い方は大事ですね。
今日、ふとある方のサイトを覗いたら

変わる力は、「意志の力」、変われる力は、「魂の力」。
 どちらも、最初から在って、誰も無くしてなどいません。

と、仰っていました。
確かに、片方だけでは変わりたくても変われませんね。

船井さんのサイトも拝見させていただきました。特別なことは本当に要らないんですね。

>お体を慈しんでくださいね。

はい、どうもありがとうございます。<(_ _)>



氣楽
2008/01/20 22:38
はじめまして。
「あるがまま」というキーワードに導かれて覘きました。
私にとって、目下のテーマであるからです。
「あるがままでよい」の思想には、変わりたいという願望、あるいは変わらねばならないという正義があると変われず、変わらなくてもよいという受容があるときに初めて自然に変わり始めるというパラドックスがあります。
実際問題、肉体的な苦痛を相手に、このパラドックスを実践して現実を変えてしまうのはとても難しいことですね。それは人の霊性にとって、もっとも崇高な次元で行われる勇敢な挑戦であるのかもしれません。
その営みを通じ、最も好ましい結果が得られることを心よりお祈り申し上げます。
SHO
2008/04/16 22:13
SHOさん、はじめまして。
コメントありがとうございます。

確かにわたしにとって最大の難関だと思います。
しかし、意識が現象化するわけですから、強い意志を持って、しかも捉われずに果を待つしかありません。
ともすると弱気にもなるのですが、信頼しきれるかどうかも試されているようです。なかなかの難問です。*^-^*

>最も好ましい結果が得られることを心よりお祈り申し上げます。

どうもありがとうごさいます。
氣楽
2008/04/17 02:44

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