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zoom RSS 依存か自立か

<<   作成日時 : 2008/02/02 02:15   >>

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自立・自律を目標に、というと何だか堅苦しい感じがするが、意識するしないに関わらず誰もがそれを目指し歩んでいるのは確かだと思う。

私は意識的にも「自立(律)したい」と明確に強くそれを願い、暮らしてきた。それは、経済的もそうだが精神的自立の方に強い意志をもっていた。
その結果が、このお気楽人生であるのだからおもしろい。自立=お気楽人生である。*^-^*

自立と依存とは相反するものだから、当然何かに依存する行為からは縁遠くなる。
けれど、自分では意識していないところで、否、こういうのはどうなんだろうか?と時々はっきりしないまま依存を選択してしまうことがある。

病気に関して言えば、
画像一度に十数種類も処方される薬を一切絶った。
薬に依存すると一般的にいう慢性病なだけに一生飲み続けなければならなくなる。それは、症状を押さえるだけで、体の機能を怠惰にする。免疫抑制剤を飲みながら一方で免疫力を上げなければとサプリメントを摂るという矛盾したこともやっていたが、薬に依存した生活は嫌なので薬からは自立することが出来た。

その代わりにというのも何だが、私にしては珍しくお金を出してヒーリングをお願いした。
世の中にはヒーラーといわれる人がなんと多いことだろうか。・・・
ひとつのヒーリングで痛い経験をしたときに、「お試しに引っかかりましたね」とある方から言われ、「はい、全くそのとおりです<(_ _)>」とすんなり認めたことがあった。

そのとき、「あなたは、お金を出すから病気を治して下さいと相手に委ねてしまったのですね」と言われ、返す言葉がなかった。全くそのとおりであったからである。*^-^*
その様子を見ていた友とあとでいろいろ話し合った。

友も「日月地神示」と縁あって、そこに書かれている掃除洗濯の必要性を感じている。

ヒーリングは、滞った氣の流れをよくするために道をつけていく。木の葉の一枚二枚くらいはサラサラ流れていく。何度も繰り返しヒーリングすることで道は広がり流れはもっとよくなっていく。

さて、このヒーリングは依存だろうか?
ヒーリングによって自然治癒力を高めるだけで、治すのはあくまでも本人であって依存ではないというのだが・・・
確かに、そう理解し依存しているつもりはなかったが、いつまでもそれを続けることは依存と紙一重のところにいるのは事実で、いずれ離れなければと思っていた。


どぶ掃除を思い浮かべればそれは容易に分かる。
自分の家の前のヘドロの溜まったどぶは水が流れない。ヘドロを道端にかき出すか、水を勢いよく出してほうきで掃き流すか、いずれにしても自分で掃除するしかない。自分が怠けて何もしないのに誰かが代わって掃除をしてくれるなんてありえない話である。

そう思うと、やはりどんなに優れたヒーリングでもいつまでも続けていると依存になりはしないだろうか?と疑問を持っても当然と言えるかもしれない。
お金を払っている以上、上記のヒーリングの時と(ヒーリングの質は違っても)何ら変わらないことになる。自分は何もしないでお金を払ってどぶ掃除を人にしてもらっているのだから。

「お試しに引っかかりましたね」の言葉が甦ってくる。*^-^*
他人が薬を飲んだとしても、ヒーリングをしてもらっても、それは何ら否定するものではない。
ただ、気づいてしまったら、それは卒業の時が訪れているに違いない。自立するために。

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私や友人が受けているヒーリングは、確かに素晴らしいものではあるのだが、何に対しても執着がなくなってしまうと、もっともっと自然体で依存しない生き方が見えてくる。  
少し離れてみて、どうなのか客観的に検証してみるのも良い時期が訪れているように思う。

心の掃除洗濯は、自分にしか出来ないもの。決して他人に頼んで出来るものではないだから。
年が明けて、早々に大きな課題をクリアできそうな気配である。(^人^)感謝あるのみです♪

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
気楽さん こんばんは

>さて、このヒーリングは依存だろうか?
ヒーリングによって自然治癒力を高めるだけで、治すのはあくまでも本人であって依存ではないというのだが・・・
確かに、そう理解し依存しているつもりはなかったが、いつまでもそれを続けることは依存と紙一重のところにいるのは事実で、いずれ離れなければと思っていた。

昔、病院にかかった時、お医者さんが病気を治してくれるという感覚でした。そういう感覚は明らかに依存ですよね。
病院もヒーリングもお付き合いの仕方が大切で、病気(肉体的にも精神的にも)を治していくのも自分という事ですね。
自分の中に治癒する力があるという事を信頼することが大切ですね。
真子
2008/02/08 23:51
真子さん、こんばんは♪

本当にそうですよね。
そもそも、病院へ行く目的はと訊かれたら「病気を治しに行く」「病気を治してもらいに行く」ですよね。
いわば修理工場のようなものですが、そのように勘違いしたことが「依存」の始まりかもしれませんね。
でも、大きな間違いは、体を機械と同じように見てしまったところかな?
おなじ病気でも、機械のようなわけにはいかないですものね。*^-^*
氣楽
2008/02/09 00:18

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