心のまま大らかに

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zoom RSS ひとは誰でも変われる、変わっていく。

<<   作成日時 : 2008/04/20 19:03   >>

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突然消息を絶って、音信不通になっていた友から、先日電話が入った。実に数年振りだった。
懐かしいというよりも、一体今まで何処でどうしていたの?元気なの?と確かめたいことばかりだった。

私の問いを遮るように、
「それは会ってから話すから、今日会いに行っていい?」と訊く。
「うん、いいけど何処にいるの?」
「遠い所。これから、高速バスに乗って行くから夕方には着くと思う」

ということで、とにかく待つしかない私だった。

巷では、殺人事件のニュースが毎日途切れることなく流されている。それだけ人間の心の荒廃が進み、殺伐とした世の中になっているということなのだろうが、消息を絶つ前の友は、息子さん夫婦が田舎から出て来て、そのまま居座られてしまっていた。働きもせず借金を作っては母親の友に返済させていた。それだけならまだしも、暴力をふるうようになり殴る蹴るで肋骨を折ったりで、身の危険を感じて一時娘さんのところへ避難していた。

職場もそのころ移転があって配属先が変わり、人間関係がうまくいかなくなっていた。八方塞がりとはこういうことかと思えるほど追い詰められていた。

元々彼女とはそれほど親しい間柄ではなかったが、あるグループにいたときに、やはり謂れのないことでいじめに合っていて、見るに見かねた私が仲裁に入る形になった。
大人のいじめは陰湿で質が悪い。子供のいじめも詰まるところ大人社会の反映でしかない。
常に常に虐げられる環境にある友にも、善い悪いではなく何かしら原因があるわけだ。周りを変えようとしてもそれは無理な話で、自分が変わること以外に解決の道はない。

親子間の怨憎は、他人とのよりも壮絶なものがある。
殺されるか殺すか、どちらかしかなかったがそのどちらも選べず、突然の失踪となったという。

幸い、彼女を心配して身を隠す場所や働き先も用意し、サポートしてくれる人がいて、今までなんとか借金を返済しながら過ごしてきたという。

久しぶりに会った友は、精神的にも逞しくなっていた。
とことんどん底を味わうことで、嘆くというよりも笑うしかない境地に至ったようだ。
今も、借金返済でほとんどのお金が消えて行く生活ではあるが、人に迷惑はかけられないのでと、息子が作った借金返済を続けている。自分名義のカードでの借金だから、これだけは責任を持つという。

借金返済はいいけど、借金返済だけの人生にはしないでねと話す。
つまり、借金にこだわり執着せず、借金に縛られることなく、自分のためにもお金を使えば良いということだ。

人生のテーマをこのことでクリアしていく。それが彼女のプログラムでありシナリオである。
私は、病を通して人生のテーマをクリアしていく。
それぞれの人生にはそれぞれが設定したテーマがあり、どうクリアしていくかのプログラムがある。
そのことに気づいたら、どんな人生、境遇、境涯にも、価値を見出し楽しくゲームに興じることができる。そして背負ってきた荷物を降ろすことができる。
気づけば気づくほど「ありがとうごさいます。」の感謝しかなくなっていく。・・・

すべてはバランスであり、帳尻が合っていることにも気づく。


いろいろと語り合う中で、自分の人生は一体なんだったのだろうかと。
追い詰められて追い詰められて、家族とも連絡を断ち、知人のサポートはあっても、ひとり自立の道を求め歩んできた今の彼女には、一切の迷いもなく、やはりこの道しかないと、今気づいたという。・・・
この道。そう、私たちは今生で総決算をするために過酷ともいえる人生を選んだのだ。自ら進んでである。本質に戻るために、全ての感情を愛に変えるために、全てがひとつに戻っていくために・・・

そう確信を持った彼女の瞳がキラリと輝いた。嘘偽りのない満面の笑みが、心に平安が訪れていることを現わしていた。
きっとこれからは急ピッチで、自分を解放していくのだろうね。

誰でも、気づきさえすれば、変わっていく。今は誰もが変われるときなのよね。
何故なら、時代が変わり、価値観も変わったのだから。答えはすべて自分の内側にあるのだから。素直が一番だね。理屈をこねないで素直に内側の声に耳を傾けようね。導かれるままに。ありのままに。*^-^*

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自由気ままに
2010/12/31 01:48

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
一体性の真理に気づくとき、良い悪いの判断が消失し、最後に残るものが感謝であり、愛なのだと私も思います。身の回りで起こる現象は全て己自身の心の反映でしかないと。その中で、霊性の進化にとって好ましい選択がなされるとき、人は至福と安寧の境地に近づくのかも知れません。
SHO
2008/04/21 08:34
こんばんは。
コメント、ありがとうごさいます。
私たちに与えられているのは選択の自由であって、何を選ぼうがよいわけですね。但し結果責任は負わなければなりません。誰のせいにもできません。今まではほとんどが二者択一でしたが、今の時代はどちらも選ばないという選択ができるように思います。愛に近づけば近づくほど何も選ぶ必要がなくなり、また、選択を迫られる場面に居合わせることがなくなっていくように感じます。
氣楽
2008/04/21 21:14

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